{"title":"ALL ITEMS","description":"","products":[{"product_id":"art-objectq-color","title":"ART OBJECT(Q-COLOR)","description":"\u003c!-- 上段：作品説明 --\u003e\n\u003cp\u003e\nパステル調の水色の半透明なガラスで、光が透過すると独特な光彩を放つ『Qカラー』と呼ばれるIittalaが開発した特殊なガラスを使用した作品。\u003cbr\u003e\u2028『Qカラー』のガラスを使用した作品は、1948年〜1951年ごろにデザインされており、こちらもおそらくこの期間にデザインされたものと推測されます。\u2028\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e\nEMMAのタピオ・ルート財団コレクションに白、Kakkonenコレクションに緑が収蔵されていますが、Item No.などの詳細はどちらのコレクションにも記載がなく、またTAPIO WIRKKALAの集大成的な書籍『eye, hand and thought』にも掲載がありません。\n\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e\nたいへん希少な作品。\u003cbr\u003eカットサインなし。\u003cbr\u003e※目立つダメージなく良い状態です。\n\u003c\/p\u003e\n\u003c!-- 下段：プロフィール（Tapio Wirkkala） --\u003e\n\u003cdiv style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n\n  \u003ch3\u003e\u003cstrong\u003eTAPIO WIRKKALA｜タピオ・ヴィルカラ｜1915-1985｜FINLAND\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    Tapio Wirkkala（タピオ・ヴィルカラ）は、フィンランドデザインを国際的成功へと導いた最も重要な人物のひとりであり、20世紀を代表するデザイナーのひとりです。\u003cbr\u003e\n    1946年のKarhula-Iittalaガラスデザインコンペでの受賞を契機に活動を本格化させ、1951年ミラノ・トリエンナーレのフィンランド館の展示デザインによって世界的評価を確立しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    ガラス、木工、金属工芸、陶磁器など幅広い分野で活動し、Iittala、Kultakeskus、Rosenthalなど多くの企業と協働。\u003cbr\u003e\n    量産プロダクトから一点制作のアートガラスや彫刻までジャンルを横断し、自然と幾何学、工芸と工業生産、芸術と実用品といった異なる領域を分け隔てることなく手がけました。\u003cbr\u003e\n    素材への深い理解に基づく造形美によって、芸術性と工業生産を高い次元で結びつけました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    彼の制作姿勢の根幹には「手の感覚」があり、数百枚に及ぶスケッチを描き模型を制作しながら形態を徹底的に検証し、試作を重ねる独自のデザインプロセスを実践しました。\u003cbr\u003e\n    また、ラップランドの自然から強い影響を受け、その風景や氷の造形は多くの作品のインスピレーションとなっています。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    ルニング賞（1956年）、ミラノ・トリエンナーレでは展示、ガラス、木製彫刻の3部門でグランプリ（1954年・1957年）を受賞するなど受賞歴多数。\n  \u003c\/p\u003e\n\n\u003c\/div\u003e","brand":"TAPIO WIRKKALA","offers":[{"title":"BLUE \/ TWGL264","offer_id":48489688989936,"sku":null,"price":66000.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/TWGL264_1.jpg?v=1765518083"},{"product_id":"art-objectq-color-3266","title":"ART OBJECT(Q-COLOR) 3266","description":"\u003c!-- 上段：作品説明 --\u003e\n\u003cp\u003e\n1947年にデザイン、1948年から1951年に製造。\u003cbr\u003e\nIITTALAで最初期にデザインした作品のひとつです。\u003cbr\u003e\nアートオブジェクト3266は、イエロー、パープルのカラーバリエーションで展開されましたが、こちらは同時期に他の作品で用いられた『Qカラー』のガラスが使用された珍しい作品。\u003cbr\u003e\n『Qカラー』は、Iittalaが開発した特殊なガラスで、光が透過すると独特な虹彩を放ちます。\n\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e\nカットサインがないのは、側面に色の濁った箇所があるためかと思われます。\u003cbr\u003e\n※目立つダメージなく良い状態です。\n\u003c\/p\u003e\n\u003c!-- 下段：プロフィール（Tapio Wirkkala） --\u003e\n\u003cdiv style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n\n  \u003ch3\u003e\u003cstrong\u003eTAPIO WIRKKALA｜タピオ・ヴィルカラ｜1915-1985｜FINLAND\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    Tapio Wirkkala（タピオ・ヴィルカラ）は、フィンランドデザインを国際的成功へと導いた最も重要な人物のひとりであり、20世紀を代表するデザイナーのひとりです。\u003cbr\u003e\n    1946年のKarhula-Iittalaガラスデザインコンペでの受賞を契機に活動を本格化させ、1951年ミラノ・トリエンナーレのフィンランド館の展示デザインによって世界的評価を確立しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    ガラス、木工、金属工芸、陶磁器など幅広い分野で活動し、Iittala、Kultakeskus、Rosenthalなど多くの企業と協働。\u003cbr\u003e\n    量産プロダクトから一点制作のアートガラスや彫刻までジャンルを横断し、自然と幾何学、工芸と工業生産、芸術と実用品といった異なる領域を分け隔てることなく手がけました。\u003cbr\u003e\n    素材への深い理解に基づく造形美によって、芸術性と工業生産を高い次元で結びつけました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    彼の制作姿勢の根幹には「手の感覚」があり、数百枚に及ぶスケッチを描き模型を制作しながら形態を徹底的に検証し、試作を重ねる独自のデザインプロセスを実践しました。\u003cbr\u003e\n    また、ラップランドの自然から強い影響を受け、その風景や氷の造形は多くの作品のインスピレーションとなっています。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    ルニング賞（1956年）、ミラノ・トリエンナーレでは展示、ガラス、木製彫刻の3部門でグランプリ（1954年・1957年）を受賞するなど受賞歴多数。\n  \u003c\/p\u003e\n\n\u003c\/div\u003e","brand":"TAPIO WIRKKALA","offers":[{"title":"BLUE \/ TWGL316","offer_id":48489816162544,"sku":null,"price":41250.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/TWGL316_1.jpg?v=1765518268"},{"product_id":"art-object-3538","title":"ART OBJECT 3538","description":"\u003c!-- 上段：作品説明 --\u003e\n\u003cp\u003e\n1952年から1955年まで製造。\u003cbr\u003e\n代表作の一つ『Kantalelli』などで使われたラインカットに続く、新たな表面装飾技法として1952年に発表されたコームカットを用いた作品のひとつ。\u003cbr\u003e\nコームカットとは、櫛でカットしたようなピッチで平行に彫り込む技法。\n\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e\nこちらは型吹きによって製造され、外側面にコームカットが施されています。\u003cbr\u003e\nカットサインは『TAPIO WIRKKALA - IITTALA - 55』で、1955年に製造されたもの。\u003cbr\u003e\n※目立つダメージなく良い状態です。\n\u003c\/p\u003e\n\u003c!-- 下段：プロフィール（Tapio Wirkkala） --\u003e\n\u003cdiv style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n\n  \u003ch3\u003e\u003cstrong\u003eTAPIO WIRKKALA｜タピオ・ヴィルカラ｜1915-1985｜FINLAND\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    Tapio Wirkkala（タピオ・ヴィルカラ）は、フィンランドデザインを国際的成功へと導いた最も重要な人物のひとりであり、20世紀を代表するデザイナーのひとりです。\u003cbr\u003e\n    1946年のKarhula-Iittalaガラスデザインコンペでの受賞を契機に活動を本格化させ、1951年ミラノ・トリエンナーレのフィンランド館の展示デザインによって世界的評価を確立しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    ガラス、木工、金属工芸、陶磁器など幅広い分野で活動し、Iittala、Kultakeskus、Rosenthalなど多くの企業と協働。\u003cbr\u003e\n    量産プロダクトから一点制作のアートガラスや彫刻までジャンルを横断し、自然と幾何学、工芸と工業生産、芸術と実用品といった異なる領域を分け隔てることなく手がけました。\u003cbr\u003e\n    素材への深い理解に基づく造形美によって、芸術性と工業生産を高い次元で結びつけました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    彼の制作姿勢の根幹には「手の感覚」があり、数百枚に及ぶスケッチを描き模型を制作しながら形態を徹底的に検証し、試作を重ねる独自のデザインプロセスを実践しました。\u003cbr\u003e\n    また、ラップランドの自然から強い影響を受け、その風景や氷の造形は多くの作品のインスピレーションとなっています。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    ルニング賞（1956年）、ミラノ・トリエンナーレでは展示、ガラス、木製彫刻の3部門でグランプリ（1954年・1957年）を受賞するなど受賞歴多数。\n  \u003c\/p\u003e\n\n\u003c\/div\u003e","brand":"TAPIO WIRKKALA","offers":[{"title":"CLEAR \/ TWGL252","offer_id":48496065839344,"sku":null,"price":66000.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/TWGL252_1.jpg?v=1765526739"},{"product_id":"salt-bowl-3269","title":"SALT BOWL 3269","description":"\u003c!-- 上段：作品説明 --\u003e\n\u003cp\u003e\n1952年から1955年まで製造。\u003cbr\u003e\n代表作の一つ『Kantalelli』などで使われたラインカットに続く、新たな表面装飾技法として1952年に発表されたコームカットを用いた作品のひとつ。\u003cbr\u003e\nコームカットとは、櫛でカットしたようなピッチで平行に彫り込む技法。\n\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e\nこちらは、宙吹きによって製造された小型のボウルの側面にコームカット、底面にはサンドブラスト加工が施されています。\u003cbr\u003e\nガラスのアートピースで最も小さい作品です。\u003cbr\u003e\nカットサインは『TAPIO WIRKKALA IITTALA』\u003cbr\u003e\n※目立つダメージなく良い状態です。\n\u003c\/p\u003e\n\u003c!-- 下段：プロフィール（Tapio Wirkkala） --\u003e\n\u003cdiv style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n\n  \u003ch3\u003e\u003cstrong\u003eTAPIO WIRKKALA｜タピオ・ヴィルカラ｜1915-1985｜FINLAND\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    Tapio Wirkkala（タピオ・ヴィルカラ）は、フィンランドデザインを国際的成功へと導いた最も重要な人物のひとりであり、20世紀を代表するデザイナーのひとりです。\u003cbr\u003e\n    1946年のKarhula-Iittalaガラスデザインコンペでの受賞を契機に活動を本格化させ、1951年ミラノ・トリエンナーレのフィンランド館の展示デザインによって世界的評価を確立しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    ガラス、木工、金属工芸、陶磁器など幅広い分野で活動し、Iittala、Kultakeskus、Rosenthalなど多くの企業と協働。\u003cbr\u003e\n    量産プロダクトから一点制作のアートガラスや彫刻までジャンルを横断し、自然と幾何学、工芸と工業生産、芸術と実用品といった異なる領域を分け隔てることなく手がけました。\u003cbr\u003e\n    素材への深い理解に基づく造形美によって、芸術性と工業生産を高い次元で結びつけました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    彼の制作姿勢の根幹には「手の感覚」があり、数百枚に及ぶスケッチを描き模型を制作しながら形態を徹底的に検証し、試作を重ねる独自のデザインプロセスを実践しました。\u003cbr\u003e\n    また、ラップランドの自然から強い影響を受け、その風景や氷の造形は多くの作品のインスピレーションとなっています。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    ルニング賞（1956年）、ミラノ・トリエンナーレでは展示、ガラス、木製彫刻の3部門でグランプリ（1954年・1957年）を受賞するなど受賞歴多数。\n  \u003c\/p\u003e\n\n\u003c\/div\u003e","brand":"TAPIO WIRKKALA","offers":[{"title":"CLEAR \/ TWGL224","offer_id":48496076816624,"sku":null,"price":44000.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/TWGL224_1.jpg?v=1765526861"},{"product_id":"art-object-ashtray-ice-breaker-3318","title":"ART OBJECT \/ ASHTRAY \"ICE BREAKER\" 3318","description":"\u003c!-- 上段：作品説明 --\u003e\n\u003cp\u003e\n1963年から1974年、1986年から1987年に製造。\u003cbr\u003e\nおおよそ30mmの厚みがある底部に、海面に浮かぶ大小様々な氷山・流氷をスタッズのような三角錐で表現した作品。\n\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e\nオリジナルボックス付属。\u003cbr\u003e\nカットサインがないのは、底面の三角錐の数が3つ少ないため、セカンドクオリティとなったものと推測されます。\u003cbr\u003e\n※目立つダメージなく良い状態です。オリジナルボックスにはいたみがあります。\n\u003c\/p\u003e\n\u003c!-- 下段：プロフィール（Tapio Wirkkala） --\u003e\n\u003cdiv style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n\n  \u003ch3\u003e\u003cstrong\u003eTAPIO WIRKKALA｜タピオ・ヴィルカラ｜1915-1985｜FINLAND\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    Tapio Wirkkala（タピオ・ヴィルカラ）は、フィンランドデザインを国際的成功へと導いた最も重要な人物のひとりであり、20世紀を代表するデザイナーのひとりです。\u003cbr\u003e\n    1946年のKarhula-Iittalaガラスデザインコンペでの受賞を契機に活動を本格化させ、1951年ミラノ・トリエンナーレのフィンランド館の展示デザインによって世界的評価を確立しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    ガラス、木工、金属工芸、陶磁器など幅広い分野で活動し、Iittala、Kultakeskus、Rosenthalなど多くの企業と協働。\u003cbr\u003e\n    量産プロダクトから一点制作のアートガラスや彫刻までジャンルを横断し、自然と幾何学、工芸と工業生産、芸術と実用品といった異なる領域を分け隔てることなく手がけました。\u003cbr\u003e\n    素材への深い理解に基づく造形美によって、芸術性と工業生産を高い次元で結びつけました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    彼の制作姿勢の根幹には「手の感覚」があり、数百枚に及ぶスケッチを描き模型を制作しながら形態を徹底的に検証し、試作を重ねる独自のデザインプロセスを実践しました。\u003cbr\u003e\n    また、ラップランドの自然から強い影響を受け、その風景や氷の造形は多くの作品のインスピレーションとなっています。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    ルニング賞（1956年）、ミラノ・トリエンナーレでは展示、ガラス、木製彫刻の3部門でグランプリ（1954年・1957年）を受賞するなど受賞歴多数。\n  \u003c\/p\u003e\n\n\u003c\/div\u003e","brand":"TAPIO WIRKKALA","offers":[{"title":"CLEAR \/ TWGL294","offer_id":48496115187952,"sku":null,"price":35750.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/TWGL294_1.jpg?v=1765526938"},{"product_id":"art-object-ashtray-ice-breaker-3319","title":"ART OBJECT \/ ASHTRAY \"ICE BREAKER\" 3318","description":"\u003c!-- 上段：作品説明 --\u003e\n\u003cp\u003e\n1963年から1974年、1986年から1987年に製造。\u003cbr\u003e\nおおよそ30mmの厚みがある底部に、海面に浮かぶ大小様々な氷山・流氷をスタッズのような三角錐で表現した作品。\n\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e\nカットサインは『TAPIO WIRKKALA -3318\u003cbr\u003e\n※目立つダメージなく良い状態です。\n\u003c\/p\u003e\n\u003c!-- 下段：プロフィール（Tapio Wirkkala） --\u003e\n\u003cdiv style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n\n  \u003ch3\u003e\u003cstrong\u003eTAPIO WIRKKALA｜タピオ・ヴィルカラ｜1915-1985｜FINLAND\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    Tapio Wirkkala（タピオ・ヴィルカラ）は、フィンランドデザインを国際的成功へと導いた最も重要な人物のひとりであり、20世紀を代表するデザイナーのひとりです。\u003cbr\u003e\n    1946年のKarhula-Iittalaガラスデザインコンペでの受賞を契機に活動を本格化させ、1951年ミラノ・トリエンナーレのフィンランド館の展示デザインによって世界的評価を確立しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    ガラス、木工、金属工芸、陶磁器など幅広い分野で活動し、Iittala、Kultakeskus、Rosenthalなど多くの企業と協働。\u003cbr\u003e\n    量産プロダクトから一点制作のアートガラスや彫刻までジャンルを横断し、自然と幾何学、工芸と工業生産、芸術と実用品といった異なる領域を分け隔てることなく手がけました。\u003cbr\u003e\n    素材への深い理解に基づく造形美によって、芸術性と工業生産を高い次元で結びつけました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    彼の制作姿勢の根幹には「手の感覚」があり、数百枚に及ぶスケッチを描き模型を制作しながら形態を徹底的に検証し、試作を重ねる独自のデザインプロセスを実践しました。\u003cbr\u003e\n    また、ラップランドの自然から強い影響を受け、その風景や氷の造形は多くの作品のインスピレーションとなっています。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    ルニング賞（1956年）、ミラノ・トリエンナーレでは展示、ガラス、木製彫刻の3部門でグランプリ（1954年・1957年）を受賞するなど受賞歴多数。\n  \u003c\/p\u003e\n\n\u003c\/div\u003e","brand":"TAPIO WIRKKALA","offers":[{"title":"CLEAR \/ TWGL295","offer_id":48496184819952,"sku":null,"price":41250.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/TWGL295_1.jpg?v=1765527026"},{"product_id":"pendant-silver-moon","title":"\"SILVER MOON\" PENDANT","description":"\u003c!-- 上段：作品説明 --\u003e\n\u003cp\u003e\nTapio Wirkkala（タピオ・ヴィルカラ）は、ガラスと並びフィンランドの金属工芸におけるモダンデザインを切り拓いたパイオニアのひとりです。\u003cbr\u003e\n装飾的な古典様式が主流であった戦後の金属工芸の分野において、Bertel Gardberg（バーテル・ガードバーグ）と共に新しい方向性を提示しました。\u003cbr\u003e\n1940年代後半のコンペティションで注目を集め、1951年よりKultakeskusと協働。以後30年以上にわたり数多くのデザインを手がけ、同社のコレクションの近代化に大きく貢献しました。\n\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e\nジュエリーに関しては、1966年から受注生産によるゴールドジュエリー、1970年からシルバージュエリーのデザインをはじめて一般に流通するようになりました。\u003cbr\u003e\nこちらは、1970年にデザインしたシルバージュエリーの代表作のひとつ『シルバームーン』のペンダント。\u003cbr\u003e\nペンダントが2サイズとイヤリングがデザインされ、こちらは、小さい方のペンダントで1971年にヘルシンキのWesterback工房で製造されたオリジナルとなります。 \n\u003c\/p\u003e \n\u003cp\u003e\nシルバー925。\u003cbr\u003e\n後年、Kultakeskusuより復刻されたペンダントとは、サイズや製造方法や細工、素材の厚みなどが異なります。\u003cbr\u003e\n※一番外側のリングにやや歪みがありますが、その他目立つダメージなく良い状態です。\n\u003c\/p\u003e\n\u003c!-- 下段：プロフィール（Tapio Wirkkala） --\u003e\n\u003cdiv style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n\n  \u003ch3\u003e\u003cstrong\u003eTAPIO WIRKKALA｜タピオ・ヴィルカラ｜1915-1985｜FINLAND\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    Tapio Wirkkala（タピオ・ヴィルカラ）は、フィンランドデザインを国際的成功へと導いた最も重要な人物のひとりであり、20世紀を代表するデザイナーのひとりです。\u003cbr\u003e\n    1946年のKarhula-Iittalaガラスデザインコンペでの受賞を契機に活動を本格化させ、1951年ミラノ・トリエンナーレのフィンランド館の展示デザインによって世界的評価を確立しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    ガラス、木工、金属工芸、陶磁器など幅広い分野で活動し、Iittala、Kultakeskus、Rosenthalなど多くの企業と協働。\u003cbr\u003e\n    量産プロダクトから一点制作のアートガラスや彫刻までジャンルを横断し、自然と幾何学、工芸と工業生産、芸術と実用品といった異なる領域を分け隔てることなく手がけました。\u003cbr\u003e\n    素材への深い理解に基づく造形美によって、芸術性と工業生産を高い次元で結びつけました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    彼の制作姿勢の根幹には「手の感覚」があり、数百枚に及ぶスケッチを描き模型を制作しながら形態を徹底的に検証し、試作を重ねる独自のデザインプロセスを実践しました。\u003cbr\u003e\n    また、ラップランドの自然から強い影響を受け、その風景や氷の造形は多くの作品のインスピレーションとなっています。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    ルニング賞（1956年）、ミラノ・トリエンナーレでは展示、ガラス、木製彫刻の3部門でグランプリ（1954年・1957年）を受賞するなど受賞歴多数。\n  \u003c\/p\u003e\n\n\u003c\/div\u003e","brand":"TAPIO WIRKKALA","offers":[{"title":"SILVER \/ TWMS008","offer_id":48496289710320,"sku":null,"price":187000.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/TWMS008_1.jpg?v=1765527202"},{"product_id":"kartano-universal-glass-2138","title":"“KARTANO” UNIVERSAL GLASS 2138","description":"\u003c!-- 上段：作品説明 --\u003e\n\u003cp\u003e\n1978年にデザインされ、1979年から1983年に製造。\u003cbr\u003e\n同年に発表された『Primavera』と同様の丸みを帯びたフォルムに、丸く盛り上がった底面中心部が特徴的なデザイン。\u003cbr\u003e\n型吹きにより製造された程よいサイズ感のグラスです。\u003cbr\u003e\n※目立つダメージなく良い状態です。\n\u003c\/p\u003e\n\u003c!-- 下段：プロフィール（Tapio Wirkkala） --\u003e\n\u003cdiv style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n\n  \u003ch3\u003e\u003cstrong\u003eTAPIO WIRKKALA｜タピオ・ヴィルカラ｜1915-1985｜FINLAND\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    Tapio Wirkkala（タピオ・ヴィルカラ）は、フィンランドデザインを国際的成功へと導いた最も重要な人物のひとりであり、20世紀を代表するデザイナーのひとりです。\u003cbr\u003e\n    1946年のKarhula-Iittalaガラスデザインコンペでの受賞を契機に活動を本格化させ、1951年ミラノ・トリエンナーレのフィンランド館の展示デザインによって世界的評価を確立しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    ガラス、木工、金属工芸、陶磁器など幅広い分野で活動し、Iittala、Kultakeskus、Rosenthalなど多くの企業と協働。\u003cbr\u003e\n    量産プロダクトから一点制作のアートガラスや彫刻までジャンルを横断し、自然と幾何学、工芸と工業生産、芸術と実用品といった異なる領域を分け隔てることなく手がけました。\u003cbr\u003e\n    素材への深い理解に基づく造形美によって、芸術性と工業生産を高い次元で結びつけました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    彼の制作姿勢の根幹には「手の感覚」があり、数百枚に及ぶスケッチを描き模型を制作しながら形態を徹底的に検証し、試作を重ねる独自のデザインプロセスを実践しました。\u003cbr\u003e\n    また、ラップランドの自然から強い影響を受け、その風景や氷の造形は多くの作品のインスピレーションとなっています。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    ルニング賞（1956年）、ミラノ・トリエンナーレでは展示、ガラス、木製彫刻の3部門でグランプリ（1954年・1957年）を受賞するなど受賞歴多数。\n  \u003c\/p\u003e\n\n\u003c\/div\u003e","brand":"TAPIO WIRKKALA","offers":[{"title":"CLEAR \/ TWGL304","offer_id":48496685744368,"sku":null,"price":7150.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/TWGL304_1.jpg?v=1765527712"},{"product_id":"ice-breaker-double-old-fashioned-2035","title":"\"ICE BREAKER\" DOUBLE OLD FASHIONED 2035","description":"\u003c!-- 上段：作品説明 --\u003e\n\u003cp\u003e\n1963年にデザインされたArt Object\/Ashtray \"Jäänsärkijä(ICE BREAKER)\" 3318のプロダクトモデルとして1968年に発表されたタンブラーシリーズ。\u003cbr\u003e1968年から1974年、1986年から1987年に製造されました。\u003cbr\u003e\u2028厚みがある底部に水面に浮かぶ大小様々な氷山・流氷を三角錐でデザイン。\u003cbr\u003e1968年のミラノトリエンナーレに出品された作品の一つ。\u003cbr\u003e※目立つダメージなく良い状態です。\n\n\n\u003c\/p\u003e\n\u003c!-- 下段：プロフィール（Tapio Wirkkala） --\u003e\n\u003cdiv style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n\n  \u003ch3\u003e\u003cstrong\u003eTAPIO WIRKKALA｜タピオ・ヴィルカラ｜1915-1985｜FINLAND\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    Tapio Wirkkala（タピオ・ヴィルカラ）は、フィンランドデザインを国際的成功へと導いた最も重要な人物のひとりであり、20世紀を代表するデザイナーのひとりです。\u003cbr\u003e\n    1946年のKarhula-Iittalaガラスデザインコンペでの受賞を契機に活動を本格化させ、1951年ミラノ・トリエンナーレのフィンランド館の展示デザインによって世界的評価を確立しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    ガラス、木工、金属工芸、陶磁器など幅広い分野で活動し、Iittala、Kultakeskus、Rosenthalなど多くの企業と協働。\u003cbr\u003e\n    量産プロダクトから一点制作のアートガラスや彫刻までジャンルを横断し、自然と幾何学、工芸と工業生産、芸術と実用品といった異なる領域を分け隔てることなく手がけました。\u003cbr\u003e\n    素材への深い理解に基づく造形美によって、芸術性と工業生産を高い次元で結びつけました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    彼の制作姿勢の根幹には「手の感覚」があり、数百枚に及ぶスケッチを描き模型を制作しながら形態を徹底的に検証し、試作を重ねる独自のデザインプロセスを実践しました。\u003cbr\u003e\n    また、ラップランドの自然から強い影響を受け、その風景や氷の造形は多くの作品のインスピレーションとなっています。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    ルニング賞（1956年）、ミラノ・トリエンナーレでは展示、ガラス、木製彫刻の3部門でグランプリ（1954年・1957年）を受賞するなど受賞歴多数。\n  \u003c\/p\u003e\n\n\u003c\/div\u003e","brand":"TAPIO WIRKKALA","offers":[{"title":"CLEAR \/ TWGL307","offer_id":48496762290416,"sku":null,"price":7700.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/TWGL307_1.jpg?v=1765527809"},{"product_id":"bubble-vase-sh122","title":"\"BUBBLE\" VASE SH122","description":"\u003c!-- 上段：商品説明 --\u003e\n\u003cdiv class=\"item-description\"\u003e\n  \u003cp\u003e\n    こちらは『BUBBLE』と名付けられた作品。\u003cbr\u003e\n    1955年にデザインされ、1956年から1961年に製造されました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    内被せガラス(内側にブルーバイオレットの色ガラス)、下部にターコイズの色ガラスの気泡が封入されたアートピースです。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    カットサインは「S. Hopea Nuutajärvi Notsjö -61」。\u003cbr\u003e\n    1961年製。\u003cbr\u003e\n    ※目立つダメージなく良い状態です。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\n\u003c!-- 下段：Saara Hopea 基本コード（最新版・確定版） --\u003e\n\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n  \u003ch3\u003e\u003cstrong\u003eSAARA HOPEA｜サーラ・ホペア｜1925–1984｜FINLAND\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    Saara Hopea（サーラ・ホペア）は、ガラスを中心に幅広い分野で活躍したフィンランドの女性デザイナー。\u003cbr\u003e\n    ヘルシンキの中央美術工芸学校でインテリアを専攻。卒業後は家具デザイナーとしてキャリアをスタートさせ、その後Taito社でPaavo Tynell（パーヴォ・ティネル）のもと製図工として勤務しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    1951年、Kaj Franck（カイ・フランク）の誘いにより、Taito社に籍を置きつつ、フリーのインテリアデザイナーとしてWärtsilä社（ArabiaとNuutajärviの親会社）のギャラリー／ショールームの家具および空間デザインを手がけました。その卓越した仕事ぶりが評価され、1952年にNuutajärviのデザイナーに抜擢されました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    Kaj Franckとともに、戦後の新たな生活のための必需品をデザインするという共通理念のもと、数多くのプロダクトやアートピースを手がけました。さらに、パッケージやロゴ、展示空間、Arabiaでのエナメル製品のデザインなど、その活動は多岐にわたります。Nuutajärviの魚のトレードマークでは、Kaj Franckのラフスケッチをもとに最終図案を担当し、また、パッケージデザインでも高い評価を受けました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    1959年に父の工房を継ぐこととなりNuutajärviを去りますが、7年という短い在籍期間にもかかわらず、ガラスデザイナーとしての功績は高く評価されています。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    1959年より金細工工房Ossian Hopeaにてジュエリーデザインを手がけ、1960年の結婚後は夫とともにニューヨークへ移り、エナメル細工のデザインにも取り組みました。その後、1963年からネパールやインドで暮らし、テキスタイルなどのデザインを行いました。1967年にフィンランドへ帰国し、1982年までジュエリーデザインを続けました。ジュエリーもまた、彼女にとって重要な活動のひとつとなりました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    綿密な図面に裏打ちされた合理的なデザイン力と洗練された色彩感覚、そして幅広い領域にわたって発揮された卓越したセンスは、Saara Hopeaの仕事を一貫して特徴づけるものです。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    1954年と1957年には、ミラノ・トリエンナーレでシルバーメダルを受賞。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e","brand":"SAARA HOPEA","offers":[{"title":"BLUE \/ SRHP440","offer_id":48501999960304,"sku":null,"price":121000.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/SRHP440_1.jpg?v=1765535143"},{"product_id":"candle-holderyellow-sh133","title":"CANDLE HOLDER(YELLOW) SH133","description":"\u003c!-- 上段：商品説明 --\u003e\n\u003cdiv class=\"item-description\"\u003e\n  \u003cp\u003e\n    こちらは、1958年にデザインされ、1958年から1960年に製造されたキャンドルホルダー。\u003cbr\u003e\n    イエローの外被せガラスに研削・研磨加工を施した、重厚なガラスのアートピースです。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    外側底面から7分目までがイエローの色ガラスで、その他はクリアガラス。\u003cbr\u003e\n    光の反射と屈折で角度により見え方が変わります。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    カットサインは『S.Hopea Nuutajärvi Notsjö -58』。1958年に製造されたもの。\u003cbr\u003e\n    希少なもの。\u003cbr\u003e\n    ※目立つダメージなく良い状態です。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\n\n\u003c!-- 下段：Saara Hopea 基本コード（最新版・確定版） --\u003e\n\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n  \u003ch3\u003e\u003cstrong\u003eSAARA HOPEA｜サーラ・ホペア｜1925–1984｜FINLAND\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    Saara Hopea（サーラ・ホペア）は、ガラスを中心に幅広い分野で活躍したフィンランドの女性デザイナー。\u003cbr\u003e\n    ヘルシンキの中央美術工芸学校でインテリアを専攻。卒業後は家具デザイナーとしてキャリアをスタートさせ、その後Taito社でPaavo Tynell（パーヴォ・ティネル）のもと製図工として勤務しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    1951年、Kaj Franck（カイ・フランク）の誘いにより、Taito社に籍を置きつつ、フリーのインテリアデザイナーとしてWärtsilä社（ArabiaとNuutajärviの親会社）のギャラリー／ショールームの家具および空間デザインを手がけました。その卓越した仕事ぶりが評価され、1952年にNuutajärviのデザイナーに抜擢されました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    Kaj Franckとともに、戦後の新たな生活のための必需品をデザインするという共通理念のもと、数多くのプロダクトやアートピースを手がけました。さらに、パッケージやロゴ、展示空間、Arabiaでのエナメル製品のデザインなど、その活動は多岐にわたります。Nuutajärviの魚のトレードマークでは、Kaj Franckのラフスケッチをもとに最終図案を担当し、また、パッケージデザインでも高い評価を受けました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    1959年に父の工房を継ぐこととなりNuutajärviを去りますが、7年という短い在籍期間にもかかわらず、ガラスデザイナーとしての功績は高く評価されています。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    1959年より金細工工房Ossian Hopeaにてジュエリーデザインを手がけ、1960年の結婚後は夫とともにニューヨークへ移り、エナメル細工のデザインにも取り組みました。その後、1963年からネパールやインドで暮らし、テキスタイルなどのデザインを行いました。1967年にフィンランドへ帰国し、1982年までジュエリーデザインを続けました。ジュエリーもまた、彼女にとって重要な活動のひとつとなりました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    綿密な図面に裏打ちされた合理的なデザイン力と洗練された色彩感覚、そして幅広い領域にわたって発揮された卓越したセンスは、Saara Hopeaの仕事を一貫して特徴づけるものです。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    1954年と1957年には、ミラノ・トリエンナーレでシルバーメダルを受賞。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e","brand":"SAARA HOPEA","offers":[{"title":"YELLOW \/ SRHP408","offer_id":48503046373616,"sku":null,"price":60500.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/SRHP408_1.jpg?v=1765536644"},{"product_id":"hors-doeuvre-set-2-1367","title":"HORS D'OEUVRE SET 2\/1367","description":"\u003c!-- 上段：商品説明 --\u003e\n\u003cdiv class=\"item-description\"\u003e\n  \u003cp\u003e\n    1952年にSaara Hopea（サーラ・ホペア）がデザインしたシンプルなフォルムのガラス製ボウル1367。\u003cbr\u003e\n    このボウルに合わせて、1953年にKaj Franck（カイ・フランク）がチーク製のトレイをデザインし、オードブルセットとして1955年から1965年まで製造されました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    二人による数少ない合作プロダクトのひとつ。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    こちらは、スモークのボウル2点とチーク製トレイのセットです。\u003cbr\u003e\n    ※目立つダメージなく良い状態です。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\n\n\u003c!-- 下段：Saara Hopea 基本コード（最新版・確定版） --\u003e\n\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n  \u003ch3\u003e\u003cstrong\u003eSAARA HOPEA｜サーラ・ホペア｜1925–1984｜FINLAND\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    Saara Hopea（サーラ・ホペア）は、ガラスを中心に幅広い分野で活躍したフィンランドの女性デザイナー。\u003cbr\u003e\n    ヘルシンキの中央美術工芸学校でインテリアを専攻。卒業後は家具デザイナーとしてキャリアをスタートさせ、その後Taito社でPaavo Tynell（パーヴォ・ティネル）のもと製図工として勤務しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    1951年、Kaj Franck（カイ・フランク）の誘いにより、Taito社に籍を置きつつ、フリーのインテリアデザイナーとしてWärtsilä社（ArabiaとNuutajärviの親会社）のギャラリー／ショールームの家具および空間デザインを手がけました。その卓越した仕事ぶりが評価され、1952年にNuutajärviのデザイナーに抜擢されました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    Kaj Franckとともに、戦後の新たな生活のための必需品をデザインするという共通理念のもと、数多くのプロダクトやアートピースを手がけました。さらに、パッケージやロゴ、展示空間、Arabiaでのエナメル製品のデザインなど、その活動は多岐にわたります。Nuutajärviの魚のトレードマークでは、Kaj Franckのラフスケッチをもとに最終図案を担当し、また、パッケージデザインでも高い評価を受けました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    1959年に父の工房を継ぐこととなりNuutajärviを去りますが、7年という短い在籍期間にもかかわらず、ガラスデザイナーとしての功績は高く評価されています。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    1959年より金細工工房Ossian Hopeaにてジュエリーデザインを手がけ、1960年の結婚後は夫とともにニューヨークへ移り、エナメル細工のデザインにも取り組みました。その後、1963年からネパールやインドで暮らし、テキスタイルなどのデザインを行いました。1967年にフィンランドへ帰国し、1982年までジュエリーデザインを続けました。ジュエリーもまた、彼女にとって重要な活動のひとつとなりました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    綿密な図面に裏打ちされた合理的なデザイン力と洗練された色彩感覚、そして幅広い領域にわたって発揮された卓越したセンスは、Saara Hopeaの仕事を一貫して特徴づけるものです。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    1954年と1957年には、ミラノ・トリエンナーレでシルバーメダルを受賞。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\n\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n  \u003ch3\u003e\u003cstrong\u003eKAJ FRANCK｜カイ・フランク｜1911–1989｜FINLAND\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    ヘルシンキ国立美術大学（現アールト大学）にて家具デザインをはじめとする7つの異なるコースを学ぶ。\n    卒業後は家具デザインを主軸に、インテリアデザイナーとして活動。\n    1939年、奨学金を得てスウェーデンやデンマークへ渡航。\n    さらに1953年にはドイツ、イタリア、フランス、イギリスを巡り、各地での研究を通して造形への視野を一層広げました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    北欧諸国での研鑽を経て帰国後、ガラス、照明器具、テキスタイルなど幅広い分野で次々とデザインを発表。\n    1945年にArabiaの主任デザイナーに就任し、1950年からはアートディレクターとして1973年まで活躍しました。\n    また、Iittala（1946–1950年）や、Arabiaのグループ企業であったNuutajärvi（1950–1976年）でも数多くの作品を残しています。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    「大衆のためのデザイン」と「デザイナーの責任」を信条とし、“フィンランドの良心”とも称された彼のデザインは、\n    機能性を極めた簡潔なフォルムに特徴があります。\n    装飾を排し、色彩のみで表現するその姿勢は、多くのロングセラーを生み出しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    代表作であるKILTA（現TEEMA）シリーズやタンブラー5027（現KARTIO）シリーズは、現在も製造が続けられています。\n    一方で、工芸的アプローチによる芸術性の高いユニークピースのガラス作品も数多く手がけました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    ルニング賞（1955年）、ミラノ・トリエンナーレ グランプリ（1957年）、コンパッソ・ドーロ賞（1957年）など受賞歴多数。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e","brand":"SAARA HOPEA \/ KAJ FRANCK","offers":[{"title":"SMOKE \/ SRHP308","offer_id":48503284957424,"sku":null,"price":60500.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/SRHP308_1.jpg?v=1765536872"},{"product_id":"bowlclear-1367-130","title":"BOWL(CLEAR) 1367-130","description":"\u003c!-- 上段：商品説明 --\u003e\n\u003cdiv class=\"item-description\"\u003e\n  \u003cp\u003e\n    こちらは、Nuutajärviでデザイナーとして活動を開始した1952年にデザインされ、同年から1967年まで製造されました。\u003cbr\u003e\n    型吹きによって制作されたシリンダー型のシンプルなボウルで、4サイズのバリエーションが展開されました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    1953年には、最小サイズのボウルに合わせてKaj Franck（カイ・フランク）がチーク製のトレーをデザインし、オードブルセットとしても販売されています。\u003cbr\u003e\n    こちらは2番目に小さいサイズで、クリアガラスのみの展開。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    希少なもの。\u003cbr\u003e\n    ※目立つダメージなく良い状態です。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\n\n\u003c!-- 下段：Saara Hopea 基本コード（最新版・確定版） --\u003e\n\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n  \u003ch3\u003e\u003cstrong\u003eSAARA HOPEA｜サーラ・ホペア｜1925–1984｜FINLAND\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    Saara Hopea（サーラ・ホペア）は、ガラスを中心に幅広い分野で活躍したフィンランドの女性デザイナー。\u003cbr\u003e\n    ヘルシンキの中央美術工芸学校でインテリアを専攻。卒業後は家具デザイナーとしてキャリアをスタートさせ、その後Taito社でPaavo Tynell（パーヴォ・ティネル）のもと製図工として勤務しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    1951年、Kaj Franck（カイ・フランク）の誘いにより、Taito社に籍を置きつつ、フリーのインテリアデザイナーとしてWärtsilä社（ArabiaとNuutajärviの親会社）のギャラリー／ショールームの家具および空間デザインを手がけました。その卓越した仕事ぶりが評価され、1952年にNuutajärviのデザイナーに抜擢されました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    Kaj Franckとともに、戦後の新たな生活のための必需品をデザインするという共通理念のもと、数多くのプロダクトやアートピースを手がけました。さらに、パッケージやロゴ、展示空間、Arabiaでのエナメル製品のデザインなど、その活動は多岐にわたります。Nuutajärviの魚のトレードマークでは、Kaj Franckのラフスケッチをもとに最終図案を担当し、また、パッケージデザインでも高い評価を受けました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    1959年に父の工房を継ぐこととなりNuutajärviを去りますが、7年という短い在籍期間にもかかわらず、ガラスデザイナーとしての功績は高く評価されています。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    1959年より金細工工房Ossian Hopeaにてジュエリーデザインを手がけ、1960年の結婚後は夫とともにニューヨークへ移り、エナメル細工のデザインにも取り組みました。その後、1963年からネパールやインドで暮らし、テキスタイルなどのデザインを行いました。1967年にフィンランドへ帰国し、1982年までジュエリーデザインを続けました。ジュエリーもまた、彼女にとって重要な活動のひとつとなりました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    綿密な図面に裏打ちされた合理的なデザイン力と洗練された色彩感覚、そして幅広い領域にわたって発揮された卓越したセンスは、Saara Hopeaの仕事を一貫して特徴づけるものです。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    1954年と1957年には、ミラノ・トリエンナーレでシルバーメダルを受賞。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e","brand":"SAARA HOPEA","offers":[{"title":"CLEAR \/ SRHP443","offer_id":48503902601456,"sku":null,"price":22000.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/SRHP443_1.jpg?v=1765537793"},{"product_id":"veikko-beer-glassmoss-green-2142","title":"\"VEIKKO\" BEER GLASS(MOSS GREEN) 2142","description":"\u003c!-- 上段：商品説明 --\u003e\n\u003cdiv class=\"item-description\"\u003e\n  \u003cp\u003e\n    こちらは、Nuutajärviでの最後の年である1959年にデザインされたステムウェア『VEIKKO』シリーズ。\u003cbr\u003e\n    Saara Hopea（サーラ・ホペア）が数多くデザインしたステムウェアのひとつ。\u003cbr\u003e\n    柔らかな曲線を描くカップのフォルムや、細すぎず太すぎずすっと伸びたステムに、シンプルなデザインでありながら、彼女らしい気品ある佇まいを備えています。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    1959年から1967年に製造されたとされていますが、個体数の少なさから実際にはこれより短い期間の製造ではないかと推測されます。\u003cbr\u003e\n    容量は摺り切りで、おおよそ500ml。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    希少なもの。\u003cbr\u003e\n    ※目立つダメージなく良い状態です。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\n\n\u003c!-- 下段：Saara Hopea 基本コード（最新版・確定版） --\u003e\n\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n  \u003ch3\u003e\u003cstrong\u003eSAARA HOPEA｜サーラ・ホペア｜1925–1984｜FINLAND\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    Saara Hopea（サーラ・ホペア）は、ガラスを中心に幅広い分野で活躍したフィンランドの女性デザイナー。\u003cbr\u003e\n    ヘルシンキの中央美術工芸学校でインテリアを専攻。卒業後は家具デザイナーとしてキャリアをスタートさせ、その後Taito社でPaavo Tynell（パーヴォ・ティネル）のもと製図工として勤務しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    1951年、Kaj Franck（カイ・フランク）の誘いにより、Taito社に籍を置きつつ、フリーのインテリアデザイナーとしてWärtsilä社（ArabiaとNuutajärviの親会社）のギャラリー／ショールームの家具および空間デザインを手がけました。その卓越した仕事ぶりが評価され、1952年にNuutajärviのデザイナーに抜擢されました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    Kaj Franckとともに、戦後の新たな生活のための必需品をデザインするという共通理念のもと、数多くのプロダクトやアートピースを手がけました。さらに、パッケージやロゴ、展示空間、Arabiaでのエナメル製品のデザインなど、その活動は多岐にわたります。Nuutajärviの魚のトレードマークでは、Kaj Franckのラフスケッチをもとに最終図案を担当し、また、パッケージデザインでも高い評価を受けました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    1959年に父の工房を継ぐこととなりNuutajärviを去りますが、7年という短い在籍期間にもかかわらず、ガラスデザイナーとしての功績は高く評価されています。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    1959年より金細工工房Ossian Hopeaにてジュエリーデザインを手がけ、1960年の結婚後は夫とともにニューヨークへ移り、エナメル細工のデザインにも取り組みました。その後、1963年からネパールやインドで暮らし、テキスタイルなどのデザインを行いました。1967年にフィンランドへ帰国し、1982年までジュエリーデザインを続けました。ジュエリーもまた、彼女にとって重要な活動のひとつとなりました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    綿密な図面に裏打ちされた合理的なデザイン力と洗練された色彩感覚、そして幅広い領域にわたって発揮された卓越したセンスは、Saara Hopeaの仕事を一貫して特徴づけるものです。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    1954年と1957年には、ミラノ・トリエンナーレでシルバーメダルを受賞。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e","brand":"SAARA HOPEA","offers":[{"title":"GREEN \/ SRHP411","offer_id":48503993270512,"sku":null,"price":27500.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/SRHP411_1.jpg?v=1765538003"},{"product_id":"sarp293","title":"VASE FINLANDIA 3360","description":"\u003cdiv class=\"item-description\"\u003e\n  \u003cp\u003e1964年に発表された『FINLANDIA』シリーズは、Timo Sarpaneva(ティモ・サルパネヴァ)の1960年代の代表作。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e新たな技術を追い求めてガラスの表現の探求と実験を繰り返す中、1963年に別の実験に際しての副産物であった表面が焼け焦げた木型をヒントに作品へと発展させました。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e焼け焦げた木型の表面がそのままガラスに写しとられた凹凸のある不規則な表面のテクスチャは、1950年代から続いたシンプルなモダンデザインがやや停滞した1960年代において革命的な表現であり、この後1970年代まで続くトレンドとなりました。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e同じItem No.でも複数の木型があり、また木型の表面も製造を続けていくうちに変化するため、フォルムや表面のテクスチャーなど同じItem No.でもひとつひとつユニークな作品に仕上がります。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003eサイズやフォルムにもよりますが、一つの木型から製造できるのは10〜20個だったようです。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003eこちらは、1965年に『FINLANDIA』シリーズに追加された『3360』。1965年から1970年にかけて製造。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003eやや黄色いガラスは、木型の炭化した表面と高温のガラスとの間で起こる化学反応によるものです。制作時に木型を濡らすことにより水蒸気を発生させて軽減できますが、この場合、表面のテクスチャを写し取ることを妨げるため『FINLANDIA』シリーズでは採用されませんでした。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003eカットサインは『TIMO SARPANEVA -3360』。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e※目立つダメージなく良い状態です。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\n\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n  \u003ch3\u003e\u003cstrong\u003eTIMO SARPANEVA｜ティモ・サルパネヴァ｜1926–2006｜FINLAND\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    Timo Sarpaneva(ティモ・サルパネヴァ)は、フィンランドのモダンデザインを代表する傑出したデザイナーのひとり。ヘルシングの中央美術工芸学校でグラフィックデザインを専攻。卒業後の1949年、Riihimäen Lasi(リーヒマエン・ラシ)のガラスデザインコンペで2位を獲得し、ガラスデザイナーとして招かれますが、無償でのデザイン提供を求められたことで交渉は決裂しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    ガラスデザイナーへの道を模索するなか、1950年にA. Ahlström(アールストロム)で展覧会やショーウィンドウ、グラフィックの仕事を手がけます。同年、Holmegaard(ホルムガード)からガラスデザインの依頼を受けてA. Ahlströmを辞める決意をしますが、A. Ahlström側からグループ企業Iittala(イッタラ)でガラスデザイナーとして活動する道を示され、1951年にIittalaでのキャリアをスタートさせました。初期に手がけた芸術性の高いアートピースは、1954年のミラノ・トリエンナーレでグランプリを受賞。さらに、1956年に発表したマウスブローによる実用ガラス『i-line』でも、1957年のミラノ・トリエンナーレでグランプリを受賞しました。1946年からIittalaで活躍していた盟友Tapio Wirkkala(タピオ・ヴィルカラ)とともに、Iittalaをフィンランドを代表するブランドへと押し上げました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    Iittalaでは、ガラスデザインだけでなくポスターやパンフレット、パッケージなど、グラフィックデザインの分野でも活躍しました。なかでも『i-line』のためにデザインしたロゴマークは、のちにブランドロゴとして発展し、長くIittalaの象徴となりました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    また、Timo Sarpanevaは、ガラス職人や技術者たちとの協働を通じて、つねに新たな技法と表現を探求しました。試作と実験を重ねるなかで、1963年には木型の焼けた表面が生み出す質感に着目し、『Finlandia』シリーズへと結実させています。こうした姿勢は、のちにTampella(タンペラ)の工場で展開したテキスタイル『Ambiente』にもつながり、機械を巨大な絵筆のように用いる『マシンペインティング』という表現へと発展しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    IittalaやTampella以外にも、Venini(ベニーニ)でのアートガラス、Rosenthal(ローゼンタール)の磁器、Rosenlew(ローゼンリュ)の鋳鉄、Opa(オパ)のステンレス、ラグやグラフィックデザインまで、幅広い領域で活躍しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    1956年にルニング賞、1963年にアメリカのインターナショナル・デザイン・アワード、1967年にプロ・フィンランディア、1977年にはプロフェッサーの称号を授与されるなど受賞歴多数。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e","brand":"TIMO SARPANEVA","offers":[{"title":"CLEAR \/ SARP293","offer_id":48505125175536,"sku":null,"price":60500.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/SARP293_1.jpg?v=1765539831"},{"product_id":"sarp296","title":"VASE FINLANDIA 3356","description":"\u003cdiv class=\"item-description\"\u003e\n  \u003cp\u003e1964年に発表された『FINLANDIA』シリーズは、Timo Sarpaneva(ティモ・サルパネヴァ)の1960年代の代表作。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e新たな技術を追い求めてガラスの表現の探求と実験を繰り返す中、1963年に別の実験に際しての副産物であった表面が焼け焦げた木型をヒントに作品へと発展させました。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e焼け焦げた木型の表面がそのままガラスに写しとられた凹凸のある不規則な表面のテクスチャは、1950年代から続いたシンプルなモダンデザインがやや停滞した1960年代において革命的な表現であり、この後1970年代まで続くトレンドとなりました。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e同じItem No.でも複数の木型があり、また木型の表面も製造を続けていくうちに変化するため、フォルムや表面のテクスチャーなど同じItem No.でもひとつひとつユニークな作品に仕上がります。サイズやフォルムにもよりますが、一つの木型から製造できるのは10〜20個だったようです。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003eこちらは、『FINLANDIA』シリーズとして最初に発表された作品の一つ『3356』。1964年から1970年にかけて製造。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003eカットサインは『TIMO SARPANEVA - 3356』。※目立つダメージなく良い状態です。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\n\n\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n  \u003ch3\u003e\u003cstrong\u003eTIMO SARPANEVA｜ティモ・サルパネヴァ｜1926–2006｜FINLAND\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    Timo Sarpaneva(ティモ・サルパネヴァ)は、フィンランドのモダンデザインを代表する傑出したデザイナーのひとり。ヘルシングの中央美術工芸学校でグラフィックデザインを専攻。卒業後の1949年、Riihimäen Lasi(リーヒマエン・ラシ)のガラスデザインコンペで2位を獲得し、ガラスデザイナーとして招かれますが、無償でのデザイン提供を求められたことで交渉は決裂しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    ガラスデザイナーへの道を模索するなか、1950年にA. Ahlström(アールストロム)で展覧会やショーウィンドウ、グラフィックの仕事を手がけます。同年、Holmegaard(ホルムガード)からガラスデザインの依頼を受けてA. Ahlströmを辞める決意をしますが、A. Ahlström側からグループ企業Iittala(イッタラ)でガラスデザイナーとして活動する道を示され、1951年にIittalaでのキャリアをスタートさせました。初期に手がけた芸術性の高いアートピースは、1954年のミラノ・トリエンナーレでグランプリを受賞。さらに、1956年に発表したマウスブローによる実用ガラス『i-line』でも、1957年のミラノ・トリエンナーレでグランプリを受賞しました。1946年からIittalaで活躍していた盟友Tapio Wirkkala(タピオ・ヴィルカラ)とともに、Iittalaをフィンランドを代表するブランドへと押し上げました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    Iittalaでは、ガラスデザインだけでなくポスターやパンフレット、パッケージなど、グラフィックデザインの分野でも活躍しました。なかでも『i-line』のためにデザインしたロゴマークは、のちにブランドロゴとして発展し、長くIittalaの象徴となりました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    また、Timo Sarpanevaは、ガラス職人や技術者たちとの協働を通じて、つねに新たな技法と表現を探求しました。試作と実験を重ねるなかで、1963年には木型の焼けた表面が生み出す質感に着目し、『Finlandia』シリーズへと結実させています。こうした姿勢は、のちにTampella(タンペラ)の工場で展開したテキスタイル『Ambiente』にもつながり、機械を巨大な絵筆のように用いる『マシンペインティング』という表現へと発展しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    IittalaやTampella以外にも、Venini(ベニーニ)でのアートガラス、Rosenthal(ローゼンタール)の磁器、Rosenlew(ローゼンリュ)の鋳鉄、Opa(オパ)のステンレス、ラグやグラフィックデザインまで、幅広い領域で活躍しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    1956年にルニング賞、1963年にアメリカのインターナショナル・デザイン・アワード、1967年にプロ・フィンランディア、1977年にはプロフェッサーの称号を授与されるなど受賞歴多数。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e","brand":"TIMO SARPANEVA","offers":[{"title":"GREY \/ SARP296","offer_id":48505128485104,"sku":null,"price":82500.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/SARP296_1.jpg?v=1765539924"},{"product_id":"sarp486","title":"VASE FINLANDIA 3362","description":"\u003cdiv class=\"item-description\"\u003e\n  \u003cp\u003e1964年に発表された『FINLANDIA』シリーズは、Timo Sarpaneva(ティモ・サルパネヴァ)の1960年代の代表作。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e新たな技術を追い求めてガラスの表現の探求と実験を繰り返す中、1963年に別の実験に際しての副産物であった表面が焼け焦げた木型をヒントに作品へと発展させました。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e焼け焦げた木型の表面がそのままガラスに写しとられた凹凸のある不規則な表面のテクスチャは、1950年代から続いたシンプルなモダンデザインがやや停滞した1960年代において革命的な表現であり、この後1970年代まで続くトレンドとなりました。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e同じItem No.でも複数の木型があり、また木型の表面も製造を続けていくうちに変化するため、フォルムや表面のテクスチャーなど同じItem No.でもひとつひとつユニークな作品に仕上がります。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003eサイズやフォルムにもよりますが、一つの木型から製造できるのは10〜20個だったようです。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003eこちらは、1966年に『FINLANDIA』シリーズに追加された『3362』。1966年から1970年にかけて製造。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003eやや黄色いガラスは、木型の炭化した表面と高温のガラスとの間で起こる化学反応によるものです。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e制作時に木型を濡らすことにより水蒸気を発生させて軽減できますが、この場合、表面のテクスチャを写し取ることを妨げるため『FINLANDIA』シリーズでは採用されませんでした。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003eカットサインは『TIMO SARPANEVA -3362』。※目立つダメージなく良い状態です。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\n\n\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n  \u003ch3\u003e\u003cstrong\u003eTIMO SARPANEVA｜ティモ・サルパネヴァ｜1926–2006｜FINLAND\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    Timo Sarpaneva(ティモ・サルパネヴァ)は、フィンランドのモダンデザインを代表する傑出したデザイナーのひとり。ヘルシングの中央美術工芸学校でグラフィックデザインを専攻。卒業後の1949年、Riihimäen Lasi(リーヒマエン・ラシ)のガラスデザインコンペで2位を獲得し、ガラスデザイナーとして招かれますが、無償でのデザイン提供を求められたことで交渉は決裂しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    ガラスデザイナーへの道を模索するなか、1950年にA. Ahlström(アールストロム)で展覧会やショーウィンドウ、グラフィックの仕事を手がけます。同年、Holmegaard(ホルムガード)からガラスデザインの依頼を受けてA. Ahlströmを辞める決意をしますが、A. Ahlström側からグループ企業Iittala(イッタラ)でガラスデザイナーとして活動する道を示され、1951年にIittalaでのキャリアをスタートさせました。初期に手がけた芸術性の高いアートピースは、1954年のミラノ・トリエンナーレでグランプリを受賞。さらに、1956年に発表したマウスブローによる実用ガラス『i-line』でも、1957年のミラノ・トリエンナーレでグランプリを受賞しました。1946年からIittalaで活躍していた盟友Tapio Wirkkala(タピオ・ヴィルカラ)とともに、Iittalaをフィンランドを代表するブランドへと押し上げました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    Iittalaでは、ガラスデザインだけでなくポスターやパンフレット、パッケージなど、グラフィックデザインの分野でも活躍しました。なかでも『i-line』のためにデザインしたロゴマークは、のちにブランドロゴとして発展し、長くIittalaの象徴となりました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    また、Timo Sarpanevaは、ガラス職人や技術者たちとの協働を通じて、つねに新たな技法と表現を探求しました。試作と実験を重ねるなかで、1963年には木型の焼けた表面が生み出す質感に着目し、『Finlandia』シリーズへと結実させています。こうした姿勢は、のちにTampella(タンペラ)の工場で展開したテキスタイル『Ambiente』にもつながり、機械を巨大な絵筆のように用いる『マシンペインティング』という表現へと発展しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    IittalaやTampella以外にも、Venini(ベニーニ)でのアートガラス、Rosenthal(ローゼンタール)の磁器、Rosenlew(ローゼンリュ)の鋳鉄、Opa(オパ)のステンレス、ラグやグラフィックデザインまで、幅広い領域で活躍しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    1956年にルニング賞、1963年にアメリカのインターナショナル・デザイン・アワード、1967年にプロ・フィンランディア、1977年にはプロフェッサーの称号を授与されるなど受賞歴多数。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e","brand":"TIMO SARPANEVA","offers":[{"title":"CLEAR \/ SARP486","offer_id":48505130877168,"sku":null,"price":44000.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/SARP486_1.jpg?v=1765540002"},{"product_id":"sarp418","title":"ART OBJECT \"SOLAR BALL(ORANGE GREY)\" 2000","description":"\u003cdiv class=\"item-description\"\u003e\n  \u003cp\u003eこちらは、1956年にデザインされ\"SOLAR BALL(AURINKOPALLO)\"とネーミングされたアートピース。1960年から1969年まで製造。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e宙吹きの技法を用い成形され、内側には欠損なく3本の細く糸を引いた装飾がなされています。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e1957年のミラノトリエンナーレでグランプリを受賞した作品のひとつ。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e薄いガラスと細いガラスの緊張感、吊り下げられた際に揺れ動く浮遊感が共存する魅力的なガラス作品です。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003eカットサインは『TS』。※目立つダメージ無く良い状態です。テグスと引っかけ用のパーツが付属します。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\n\n\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n  \u003ch3\u003e\u003cstrong\u003eTIMO SARPANEVA｜ティモ・サルパネヴァ｜1926–2006｜FINLAND\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    Timo Sarpaneva(ティモ・サルパネヴァ)は、フィンランドのモダンデザインを代表する傑出したデザイナーのひとり。ヘルシングの中央美術工芸学校でグラフィックデザインを専攻。卒業後の1949年、Riihimäen Lasi(リーヒマエン・ラシ)のガラスデザインコンペで2位を獲得し、ガラスデザイナーとして招かれますが、無償でのデザイン提供を求められたことで交渉は決裂しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    ガラスデザイナーへの道を模索するなか、1950年にA. Ahlström(アールストロム)で展覧会やショーウィンドウ、グラフィックの仕事を手がけます。同年、Holmegaard(ホルムガード)からガラスデザインの依頼を受けてA. Ahlströmを辞める決意をしますが、A. Ahlström側からグループ企業Iittala(イッタラ)でガラスデザイナーとして活動する道を示され、1951年にIittalaでのキャリアをスタートさせました。初期に手がけた芸術性の高いアートピースは、1954年のミラノ・トリエンナーレでグランプリを受賞。さらに、1956年に発表したマウスブローによる実用ガラス『i-line』でも、1957年のミラノ・トリエンナーレでグランプリを受賞しました。1946年からIittalaで活躍していた盟友Tapio Wirkkala(タピオ・ヴィルカラ)とともに、Iittalaをフィンランドを代表するブランドへと押し上げました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    Iittalaでは、ガラスデザインだけでなくポスターやパンフレット、パッケージなど、グラフィックデザインの分野でも活躍しました。なかでも『i-line』のためにデザインしたロゴマークは、のちにブランドロゴとして発展し、長くIittalaの象徴となりました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    また、Timo Sarpanevaは、ガラス職人や技術者たちとの協働を通じて、つねに新たな技法と表現を探求しました。試作と実験を重ねるなかで、1963年には木型の焼けた表面が生み出す質感に着目し、『Finlandia』シリーズへと結実させています。こうした姿勢は、のちにTampella(タンペラ)の工場で展開したテキスタイル『Ambiente』にもつながり、機械を巨大な絵筆のように用いる『マシンペインティング』という表現へと発展しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    IittalaやTampella以外にも、Venini(ベニーニ)でのアートガラス、Rosenthal(ローゼンタール)の磁器、Rosenlew(ローゼンリュ)の鋳鉄、Opa(オパ)のステンレス、ラグやグラフィックデザインまで、幅広い領域で活躍しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    1956年にルニング賞、1963年にアメリカのインターナショナル・デザイン・アワード、1967年にプロ・フィンランディア、1977年にはプロフェッサーの称号を授与されるなど受賞歴多数。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e","brand":"TIMO SARPANEVA","offers":[{"title":"ORANGE \/ SARP418","offer_id":48505134874864,"sku":null,"price":55000.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/SARP418_1.jpg?v=1765540119"},{"product_id":"sarp419","title":"ART OBJECT \"SOLAR BALL(GREEN GREY)\" 2000","description":"\u003cdiv class=\"item-description\"\u003e\n  \u003cp\u003eこちらは、1956年にデザインされ\"SOLAR BALL(AURINKOPALLO)\"とネーミングされたアートピース。1960年から1969年まで製造。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e宙吹きの技法を用い成形され、内側には欠損なく3本の細く糸を引いた装飾がなされています。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e1957年のミラノトリエンナーレでグランプリを受賞した作品のひとつ。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e薄いガラスと細いガラスの緊張感、吊り下げられた際に揺れ動く浮遊感が共存する魅力的なガラス作品です。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003eカットサインは『TS』。※目立つダメージ無く良い状態です。テグスと引っかけ用のパーツが付属します。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\n\n\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n  \u003ch3\u003e\u003cstrong\u003eTIMO SARPANEVA｜ティモ・サルパネヴァ｜1926–2006｜FINLAND\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    Timo Sarpaneva(ティモ・サルパネヴァ)は、フィンランドのモダンデザインを代表する傑出したデザイナーのひとり。ヘルシングの中央美術工芸学校でグラフィックデザインを専攻。卒業後の1949年、Riihimäen Lasi(リーヒマエン・ラシ)のガラスデザインコンペで2位を獲得し、ガラスデザイナーとして招かれますが、無償でのデザイン提供を求められたことで交渉は決裂しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    ガラスデザイナーへの道を模索するなか、1950年にA. Ahlström(アールストロム)で展覧会やショーウィンドウ、グラフィックの仕事を手がけます。同年、Holmegaard(ホルムガード)からガラスデザインの依頼を受けてA. Ahlströmを辞める決意をしますが、A. Ahlström側からグループ企業Iittala(イッタラ)でガラスデザイナーとして活動する道を示され、1951年にIittalaでのキャリアをスタートさせました。初期に手がけた芸術性の高いアートピースは、1954年のミラノ・トリエンナーレでグランプリを受賞。さらに、1956年に発表したマウスブローによる実用ガラス『i-line』でも、1957年のミラノ・トリエンナーレでグランプリを受賞しました。1946年からIittalaで活躍していた盟友Tapio Wirkkala(タピオ・ヴィルカラ)とともに、Iittalaをフィンランドを代表するブランドへと押し上げました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    Iittalaでは、ガラスデザインだけでなくポスターやパンフレット、パッケージなど、グラフィックデザインの分野でも活躍しました。なかでも『i-line』のためにデザインしたロゴマークは、のちにブランドロゴとして発展し、長くIittalaの象徴となりました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    また、Timo Sarpanevaは、ガラス職人や技術者たちとの協働を通じて、つねに新たな技法と表現を探求しました。試作と実験を重ねるなかで、1963年には木型の焼けた表面が生み出す質感に着目し、『Finlandia』シリーズへと結実させています。こうした姿勢は、のちにTampella(タンペラ)の工場で展開したテキスタイル『Ambiente』にもつながり、機械を巨大な絵筆のように用いる『マシンペインティング』という表現へと発展しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    IittalaやTampella以外にも、Venini(ベニーニ)でのアートガラス、Rosenthal(ローゼンタール)の磁器、Rosenlew(ローゼンリュ)の鋳鉄、Opa(オパ)のステンレス、ラグやグラフィックデザインまで、幅広い領域で活躍しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    1956年にルニング賞、1963年にアメリカのインターナショナル・デザイン・アワード、1967年にプロ・フィンランディア、1977年にはプロフェッサーの称号を授与されるなど受賞歴多数。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e","brand":"TIMO SARPANEVA","offers":[{"title":"GREEN \/ SARP419","offer_id":48505139658992,"sku":null,"price":49500.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/SARP419_1.jpg?v=1765540230"},{"product_id":"sarp422","title":"ART OBJECT \"SOLAR BALL(GREEN GREY)\" 2000","description":"\u003cdiv class=\"item-description\"\u003e\n  \u003cp\u003eこちらは、1956年にデザインされ\"SOLAR BALL(AURINKOPALLO)\"とネーミングされたアートピース。1960年から1969年まで製造。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e宙吹きの技法を用い成形され、内側には欠損なく3本の細く糸を引いた装飾がなされています。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e1957年のミラノトリエンナーレでグランプリを受賞した作品のひとつ。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e薄いガラスと細いガラスの緊張感、吊り下げられた際に揺れ動く浮遊感が共存する魅力的なガラス作品です。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003eカットサインは『TS』。※目立つダメージ無く良い状態です。テグスと引っかけ用のパーツが付属します。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\n\n\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n  \u003ch3\u003e\u003cstrong\u003eTIMO SARPANEVA｜ティモ・サルパネヴァ｜1926–2006｜FINLAND\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    Timo Sarpaneva(ティモ・サルパネヴァ)は、フィンランドのモダンデザインを代表する傑出したデザイナーのひとり。ヘルシングの中央美術工芸学校でグラフィックデザインを専攻。卒業後の1949年、Riihimäen Lasi(リーヒマエン・ラシ)のガラスデザインコンペで2位を獲得し、ガラスデザイナーとして招かれますが、無償でのデザイン提供を求められたことで交渉は決裂しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    ガラスデザイナーへの道を模索するなか、1950年にA. Ahlström(アールストロム)で展覧会やショーウィンドウ、グラフィックの仕事を手がけます。同年、Holmegaard(ホルムガード)からガラスデザインの依頼を受けてA. Ahlströmを辞める決意をしますが、A. Ahlström側からグループ企業Iittala(イッタラ)でガラスデザイナーとして活動する道を示され、1951年にIittalaでのキャリアをスタートさせました。初期に手がけた芸術性の高いアートピースは、1954年のミラノ・トリエンナーレでグランプリを受賞。さらに、1956年に発表したマウスブローによる実用ガラス『i-line』でも、1957年のミラノ・トリエンナーレでグランプリを受賞しました。1946年からIittalaで活躍していた盟友Tapio Wirkkala(タピオ・ヴィルカラ)とともに、Iittalaをフィンランドを代表するブランドへと押し上げました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    Iittalaでは、ガラスデザインだけでなくポスターやパンフレット、パッケージなど、グラフィックデザインの分野でも活躍しました。なかでも『i-line』のためにデザインしたロゴマークは、のちにブランドロゴとして発展し、長くIittalaの象徴となりました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    また、Timo Sarpanevaは、ガラス職人や技術者たちとの協働を通じて、つねに新たな技法と表現を探求しました。試作と実験を重ねるなかで、1963年には木型の焼けた表面が生み出す質感に着目し、『Finlandia』シリーズへと結実させています。こうした姿勢は、のちにTampella(タンペラ)の工場で展開したテキスタイル『Ambiente』にもつながり、機械を巨大な絵筆のように用いる『マシンペインティング』という表現へと発展しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    IittalaやTampella以外にも、Venini(ベニーニ)でのアートガラス、Rosenthal(ローゼンタール)の磁器、Rosenlew(ローゼンリュ)の鋳鉄、Opa(オパ)のステンレス、ラグやグラフィックデザインまで、幅広い領域で活躍しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    1956年にルニング賞、1963年にアメリカのインターナショナル・デザイン・アワード、1967年にプロ・フィンランディア、1977年にはプロフェッサーの称号を授与されるなど受賞歴多数。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e","brand":"TIMO SARPANEVA","offers":[{"title":"GREEN \/ SARP422","offer_id":48505145164016,"sku":null,"price":33000.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/SARP422_1.jpg?v=1765540322"},{"product_id":"i-102-tumbler-200ml","title":"i-102 TUMBLER(GREY) 2002-20","description":"\u003cdiv class=\"item-description\"\u003e\n  \u003cp\u003e1956年に発表されたTimo Sarpaneva(ティモ・サルパネヴァ)による『i-line』シリーズ。『i-line』は、アートガラスとプロダクトの中間に位置づけられ、一般的なガラスウェアより20〜30%高い価格帯の上質な家庭用ガラスとして販売されたシリーズです。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003eグレーを基調に、ブルー、ライラック、グリーンへと展開された繊細な色彩計画も、『i-line』を特徴づける重要な要素です。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e『i-line』のためにデザインされた、赤い円の中に『i』を配したマークは、翌年にはアートガラス全般のマークとなり、その後Iittala(イッタラ)のブランドマークとして長年にわたり象徴的な存在となりました。赤い円の中の『i』は、燃え盛る炉に差し込まれた吹き竿と、その先に巻き取られたガラスを表しています。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e1957年のミラノ・トリエンナーレに出品されグランプリを受賞し、1954年のアートガラスに続くTimo Sarpanevaにとって2度目のグランプリ受賞となりました。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003eこちらは『i-line』シリーズのひとつで、1956年にデザインされた『i-102』のタンブラー。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e1956年から1967年まで製造。1968年から1983年まではクリアのみ製造され、1973年からは『AROMA』の名称で販売されました。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e型吹き(廻し吹き)の技法により製造されており、ガラスの厚みやサイズ、色味には個体差があります。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e1957年のミラノ・トリエンナーレに出品されたもののひとつ。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e※目立つダメージなく良い状態です。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\n\n\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n  \u003ch3\u003e\u003cstrong\u003eTIMO SARPANEVA｜ティモ・サルパネヴァ｜1926–2006｜FINLAND\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    Timo Sarpaneva(ティモ・サルパネヴァ)は、フィンランドのモダンデザインを代表する傑出したデザイナーのひとり。ヘルシングの中央美術工芸学校でグラフィックデザインを専攻。卒業後の1949年、Riihimäen Lasi(リーヒマエン・ラシ)のガラスデザインコンペで2位を獲得し、ガラスデザイナーとして招かれますが、無償でのデザイン提供を求められたことで交渉は決裂しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    ガラスデザイナーへの道を模索するなか、1950年にA. Ahlström(アールストロム)で展覧会やショーウィンドウ、グラフィックの仕事を手がけます。同年、Holmegaard(ホルムガード)からガラスデザインの依頼を受けてA. Ahlströmを辞める決意をしますが、A. Ahlström側からグループ企業Iittala(イッタラ)でガラスデザイナーとして活動する道を示され、1951年にIittalaでのキャリアをスタートさせました。初期に手がけた芸術性の高いアートピースは、1954年のミラノ・トリエンナーレでグランプリを受賞。さらに、1956年に発表したマウスブローによる実用ガラス『i-line』でも、1957年のミラノ・トリエンナーレでグランプリを受賞しました。1946年からIittalaで活躍していた盟友Tapio Wirkkala(タピオ・ヴィルカラ)とともに、Iittalaをフィンランドを代表するブランドへと押し上げました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    Iittalaでは、ガラスデザインだけでなくポスターやパンフレット、パッケージなど、グラフィックデザインの分野でも活躍しました。なかでも『i-line』のためにデザインしたロゴマークは、のちにブランドロゴとして発展し、長くIittalaの象徴となりました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    また、Timo Sarpanevaは、ガラス職人や技術者たちとの協働を通じて、つねに新たな技法と表現を探求しました。試作と実験を重ねるなかで、1963年には木型の焼けた表面が生み出す質感に着目し、『Finlandia』シリーズへと結実させています。こうした姿勢は、のちにTampella(タンペラ)の工場で展開したテキスタイル『Ambiente』にもつながり、機械を巨大な絵筆のように用いる『マシンペインティング』という表現へと発展しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    IittalaやTampella以外にも、Venini(ベニーニ)でのアートガラス、Rosenthal(ローゼンタール)の磁器、Rosenlew(ローゼンリュ)の鋳鉄、Opa(オパ)のステンレス、ラグやグラフィックデザインまで、幅広い領域で活躍しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    1956年にルニング賞、1963年にアメリカのインターナショナル・デザイン・アワード、1967年にプロ・フィンランディア、1977年にはプロフェッサーの称号を授与されるなど受賞歴多数。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e","brand":"TIMO SARPANEVA","offers":[{"title":"GREY \/ SARP452","offer_id":48505151160560,"sku":null,"price":6600.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/SARP453_1.jpg?v=1776664246"},{"product_id":"i-102-tumbler-200ml-1","title":"i-102 TUMBLER(BLUE GREY) 2002-20","description":"\u003cdiv class=\"item-description\"\u003e\n  \u003cp\u003e1956年に発表されたTimo Sarpaneva(ティモ・サルパネヴァ)による『i-line』シリーズ。『i-line』は、アートガラスとプロダクトの中間に位置づけられ、一般的なガラスウェアより20〜30%高い価格帯の上質な家庭用ガラスとして販売されたシリーズです。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003eグレーを基調に、ブルー、ライラック、グリーンへと展開された繊細な色彩計画も、『i-line』を特徴づける重要な要素です。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e『i-line』のためにデザインされた、赤い円の中に『i』を配したマークは、翌年にはアートガラス全般のマークとなり、その後Iittala(イッタラ)のブランドマークとして長年にわたり象徴的な存在となりました。赤い円の中の『i』は、燃え盛る炉に差し込まれた吹き竿と、その先に巻き取られたガラスを表しています。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e1957年のミラノ・トリエンナーレに出品されグランプリを受賞し、1954年のアートガラスに続くTimo Sarpanevaにとって2度目のグランプリ受賞となりました。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003eこちらは『i-line』シリーズのひとつで、1956年にデザインされた『i-102』のタンブラー。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e1956年から1967年まで製造。1968年から1983年まではクリアのみ製造され、1973年からは『AROMA』の名称で販売されました。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e型吹き(廻し吹き)の技法により製造されており、ガラスの厚みやサイズ、色味には個体差があります。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e1957年のミラノ・トリエンナーレに出品されたもののひとつ。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e※目立つダメージなく良い状態です。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\n\n\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n  \u003ch3\u003e\u003cstrong\u003eTIMO SARPANEVA｜ティモ・サルパネヴァ｜1926–2006｜FINLAND\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    Timo Sarpaneva(ティモ・サルパネヴァ)は、フィンランドのモダンデザインを代表する傑出したデザイナーのひとり。ヘルシングの中央美術工芸学校でグラフィックデザインを専攻。卒業後の1949年、Riihimäen Lasi(リーヒマエン・ラシ)のガラスデザインコンペで2位を獲得し、ガラスデザイナーとして招かれますが、無償でのデザイン提供を求められたことで交渉は決裂しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    ガラスデザイナーへの道を模索するなか、1950年にA. Ahlström(アールストロム)で展覧会やショーウィンドウ、グラフィックの仕事を手がけます。同年、Holmegaard(ホルムガード)からガラスデザインの依頼を受けてA. Ahlströmを辞める決意をしますが、A. Ahlström側からグループ企業Iittala(イッタラ)でガラスデザイナーとして活動する道を示され、1951年にIittalaでのキャリアをスタートさせました。初期に手がけた芸術性の高いアートピースは、1954年のミラノ・トリエンナーレでグランプリを受賞。さらに、1956年に発表したマウスブローによる実用ガラス『i-line』でも、1957年のミラノ・トリエンナーレでグランプリを受賞しました。1946年からIittalaで活躍していた盟友Tapio Wirkkala(タピオ・ヴィルカラ)とともに、Iittalaをフィンランドを代表するブランドへと押し上げました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    Iittalaでは、ガラスデザインだけでなくポスターやパンフレット、パッケージなど、グラフィックデザインの分野でも活躍しました。なかでも『i-line』のためにデザインしたロゴマークは、のちにブランドロゴとして発展し、長くIittalaの象徴となりました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    また、Timo Sarpanevaは、ガラス職人や技術者たちとの協働を通じて、つねに新たな技法と表現を探求しました。試作と実験を重ねるなかで、1963年には木型の焼けた表面が生み出す質感に着目し、『Finlandia』シリーズへと結実させています。こうした姿勢は、のちにTampella(タンペラ)の工場で展開したテキスタイル『Ambiente』にもつながり、機械を巨大な絵筆のように用いる『マシンペインティング』という表現へと発展しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    IittalaやTampella以外にも、Venini(ベニーニ)でのアートガラス、Rosenthal(ローゼンタール)の磁器、Rosenlew(ローゼンリュ)の鋳鉄、Opa(オパ)のステンレス、ラグやグラフィックデザインまで、幅広い領域で活躍しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    1956年にルニング賞、1963年にアメリカのインターナショナル・デザイン・アワード、1967年にプロ・フィンランディア、1977年にはプロフェッサーの称号を授与されるなど受賞歴多数。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e","brand":"TIMO SARPANEVA","offers":[{"title":"BLUE \/ SARP450","offer_id":48505155846384,"sku":null,"price":6600.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/SARP451_1.jpg?v=1776664420"},{"product_id":"sarp444","title":"i-103 TUMBLER(BLUE GREY) 2003-15","description":"\u003cdiv class=\"item-description\"\u003e\n  \u003cp\u003e1956年に発表されたTimo Sarpaneva(ティモ・サルパネヴァ)による『i-line』シリーズ。『i-line』は、アートガラスとプロダクトの中間に位置づけられ、一般的なガラスウェアより20〜30%高い価格帯の上質な家庭用ガラスとして販売されたシリーズです。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003eグレーを基調に、ブルー、ライラック、グリーンへと展開された繊細な色彩計画も、『i-line』を特徴づける重要な要素です。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e『i-line』のためにデザインされた、赤い円の中に『i』を配したマークは、翌年にはアートガラス全般のマークとなり、その後Iittala(イッタラ)のブランドマークとして長年にわたり象徴的な存在となりました。赤い円の中の『i』は、燃え盛る炉に差し込まれた吹き竿と、その先に巻き取られたガラスを表しています。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e1957年のミラノ・トリエンナーレに出品されグランプリを受賞し、1954年のアートガラスに続くTimo Sarpanevaにとって2度目のグランプリ受賞となりました。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003eこちらは『i-line』シリーズのひとつで、1956年にデザインされた『i-103』のタンブラー。1956年から1967年まで製造。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e型吹き(廻し吹き)の技法により製造されており、ガラスの厚みやサイズ、色味には個体差があります。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e1957年のミラノ・トリエンナーレに出品されたもののひとつ。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e※目立つダメージなく良い状態です。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\n\n\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n  \u003ch3\u003e\u003cstrong\u003eTIMO SARPANEVA｜ティモ・サルパネヴァ｜1926–2006｜FINLAND\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    Timo Sarpaneva(ティモ・サルパネヴァ)は、フィンランドのモダンデザインを代表する傑出したデザイナーのひとり。ヘルシングの中央美術工芸学校でグラフィックデザインを専攻。卒業後の1949年、Riihimäen Lasi(リーヒマエン・ラシ)のガラスデザインコンペで2位を獲得し、ガラスデザイナーとして招かれますが、無償でのデザイン提供を求められたことで交渉は決裂しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    ガラスデザイナーへの道を模索するなか、1950年にA. Ahlström(アールストロム)で展覧会やショーウィンドウ、グラフィックの仕事を手がけます。同年、Holmegaard(ホルムガード)からガラスデザインの依頼を受けてA. Ahlströmを辞める決意をしますが、A. Ahlström側からグループ企業Iittala(イッタラ)でガラスデザイナーとして活動する道を示され、1951年にIittalaでのキャリアをスタートさせました。初期に手がけた芸術性の高いアートピースは、1954年のミラノ・トリエンナーレでグランプリを受賞。さらに、1956年に発表したマウスブローによる実用ガラス『i-line』でも、1957年のミラノ・トリエンナーレでグランプリを受賞しました。1946年からIittalaで活躍していた盟友Tapio Wirkkala(タピオ・ヴィルカラ)とともに、Iittalaをフィンランドを代表するブランドへと押し上げました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    Iittalaでは、ガラスデザインだけでなくポスターやパンフレット、パッケージなど、グラフィックデザインの分野でも活躍しました。なかでも『i-line』のためにデザインしたロゴマークは、のちにブランドロゴとして発展し、長くIittalaの象徴となりました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    また、Timo Sarpanevaは、ガラス職人や技術者たちとの協働を通じて、つねに新たな技法と表現を探求しました。試作と実験を重ねるなかで、1963年には木型の焼けた表面が生み出す質感に着目し、『Finlandia』シリーズへと結実させています。こうした姿勢は、のちにTampella(タンペラ)の工場で展開したテキスタイル『Ambiente』にもつながり、機械を巨大な絵筆のように用いる『マシンペインティング』という表現へと発展しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    IittalaやTampella以外にも、Venini(ベニーニ)でのアートガラス、Rosenthal(ローゼンタール)の磁器、Rosenlew(ローゼンリュ)の鋳鉄、Opa(オパ)のステンレス、ラグやグラフィックデザインまで、幅広い領域で活躍しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    1956年にルニング賞、1963年にアメリカのインターナショナル・デザイン・アワード、1967年にプロ・フィンランディア、1977年にはプロフェッサーの称号を授与されるなど受賞歴多数。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e","brand":"TIMO SARPANEVA","offers":[{"title":"BLUE \/ SARP444","offer_id":48505194053872,"sku":null,"price":6600.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/SARP445_1_41ad6d56-27d2-4e93-a5bb-074639207a2a.jpg?v=1776665866"},{"product_id":"sarp366","title":"i-104 TUMBLER(BLUE) Exhibition edition 2002","description":"\u003cdiv class=\"item-description\"\u003e\n  \u003cp\u003e1956年に発表されたTimo Sarpaneva(ティモ・サルパネヴァ)による『i-line』シリーズ。『i-line』は、アートガラスとプロダクトの中間に位置づけられ、一般的なガラスウェアより20〜30%高い価格帯の上質な家庭用ガラスとして販売されたシリーズです。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003eグレーを基調に、ブルー、ライラック、グリーンへと展開された繊細な色彩計画も、『i-line』を特徴づける重要な要素です。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e『i-line』のためにデザインされた、赤い円の中に『i』を配したマークは、翌年にはアートガラス全般のマークとなり、その後Iittala(イッタラ)のブランドマークとして長年にわたり象徴的な存在となりました。赤い円の中の『i』は、燃え盛る炉に差し込まれた吹き竿と、その先に巻き取られたガラスを表しています。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e1957年のミラノ・トリエンナーレに出品されグランプリを受賞し、1954年のアートガラスに続くTimo Sarpanevaにとって2度目のグランプリ受賞となりました。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003eこちらは『i-line』シリーズのひとつで、1956年にデザインされた『i-104』のタンブラー。\u003c\/p\u003e\n  \u003cp\u003e2002年にヘルシンキのDesignmuseoで開催された『Timo Sarpaneva Collection』展を記念して復刻されたもの。\n『Exhibition edition 2002 Timo Sarpaneva』の刻印あり。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e型吹き(廻し吹き)の技法により製造されており、ガラスの厚みやサイズ、色味には個体差があります。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e『i-104』は、1957年のミラノ・トリエンナーレに出品されたもののひとつ。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e※目立つダメージなく良い状態です。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\n\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n  \u003ch3\u003e\u003cstrong\u003eTIMO SARPANEVA｜ティモ・サルパネヴァ｜1926–2006｜FINLAND\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    Timo Sarpaneva(ティモ・サルパネヴァ)は、フィンランドのモダンデザインを代表する傑出したデザイナーのひとり。ヘルシングの中央美術工芸学校でグラフィックデザインを専攻。卒業後の1949年、Riihimäen Lasi(リーヒマエン・ラシ)のガラスデザインコンペで2位を獲得し、ガラスデザイナーとして招かれますが、無償でのデザイン提供を求められたことで交渉は決裂しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    ガラスデザイナーへの道を模索するなか、1950年にA. Ahlström(アールストロム)で展覧会やショーウィンドウ、グラフィックの仕事を手がけます。同年、Holmegaard(ホルムガード)からガラスデザインの依頼を受けてA. Ahlströmを辞める決意をしますが、A. Ahlström側からグループ企業Iittala(イッタラ)でガラスデザイナーとして活動する道を示され、1951年にIittalaでのキャリアをスタートさせました。初期に手がけた芸術性の高いアートピースは、1954年のミラノ・トリエンナーレでグランプリを受賞。さらに、1956年に発表したマウスブローによる実用ガラス『i-line』でも、1957年のミラノ・トリエンナーレでグランプリを受賞しました。1946年からIittalaで活躍していた盟友Tapio Wirkkala(タピオ・ヴィルカラ)とともに、Iittalaをフィンランドを代表するブランドへと押し上げました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    Iittalaでは、ガラスデザインだけでなくポスターやパンフレット、パッケージなど、グラフィックデザインの分野でも活躍しました。なかでも『i-line』のためにデザインしたロゴマークは、のちにブランドロゴとして発展し、長くIittalaの象徴となりました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    また、Timo Sarpanevaは、ガラス職人や技術者たちとの協働を通じて、つねに新たな技法と表現を探求しました。試作と実験を重ねるなかで、1963年には木型の焼けた表面が生み出す質感に着目し、『Finlandia』シリーズへと結実させています。こうした姿勢は、のちにTampella(タンペラ)の工場で展開したテキスタイル『Ambiente』にもつながり、機械を巨大な絵筆のように用いる『マシンペインティング』という表現へと発展しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    IittalaやTampella以外にも、Venini(ベニーニ)でのアートガラス、Rosenthal(ローゼンタール)の磁器、Rosenlew(ローゼンリュ)の鋳鉄、Opa(オパ)のステンレス、ラグやグラフィックデザインまで、幅広い領域で活躍しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    1956年にルニング賞、1963年にアメリカのインターナショナル・デザイン・アワード、1967年にプロ・フィンランディア、1977年にはプロフェッサーの称号を授与されるなど受賞歴多数。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e","brand":"TIMO SARPANEVA","offers":[{"title":"BLUE \/ SARP366","offer_id":48505205194992,"sku":null,"price":6600.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/SARP366_1.jpg?v=1765541836"},{"product_id":"sarp411","title":"i-106 TUMBLER(LILAC GREY) 2006-12","description":"\u003cdiv class=\"item-description\"\u003e\n  \u003cp\u003e1956年に発表されたTimo Sarpaneva(ティモ・サルパネヴァ)による『i-line』シリーズ。『i-line』は、アートガラスとプロダクトの中間に位置づけられ、一般的なガラスウェアより20〜30%高い価格帯の上質な家庭用ガラスとして販売されたシリーズです。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003eグレーを基調に、ブルー、ライラック、グリーンへと展開された繊細な色彩計画も、『i-line』を特徴づける重要な要素です。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e『i-line』のためにデザインされた、赤い円の中に『i』を配したマークは、翌年にはアートガラス全般のマークとなり、その後Iittala(イッタラ)のブランドマークとして長年にわたり象徴的な存在となりました。赤い円の中の『i』は、燃え盛る炉に差し込まれた吹き竿と、その先に巻き取られたガラスを表しています。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e1957年のミラノ・トリエンナーレに出品されグランプリを受賞し、1954年のアートガラスに続くTimo Sarpanevaにとって2度目のグランプリ受賞となりました。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003eこちらは『i-line』シリーズのひとつで、1956年にデザインされた『i-106』のタンブラー。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e1957年から1967年まで製造。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e積み重ね可能なスタッキング構造。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e型吹き(廻し吹き)の技法により製造されており、ガラスの厚みやサイズ、色味には個体差があります。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e※目立つダメージなく良い状態です。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\n\n\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n  \u003ch3\u003e\u003cstrong\u003eTIMO SARPANEVA｜ティモ・サルパネヴァ｜1926–2006｜FINLAND\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    Timo Sarpaneva(ティモ・サルパネヴァ)は、フィンランドのモダンデザインを代表する傑出したデザイナーのひとり。ヘルシングの中央美術工芸学校でグラフィックデザインを専攻。卒業後の1949年、Riihimäen Lasi(リーヒマエン・ラシ)のガラスデザインコンペで2位を獲得し、ガラスデザイナーとして招かれますが、無償でのデザイン提供を求められたことで交渉は決裂しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    ガラスデザイナーへの道を模索するなか、1950年にA. Ahlström(アールストロム)で展覧会やショーウィンドウ、グラフィックの仕事を手がけます。同年、Holmegaard(ホルムガード)からガラスデザインの依頼を受けてA. Ahlströmを辞める決意をしますが、A. Ahlström側からグループ企業Iittala(イッタラ)でガラスデザイナーとして活動する道を示され、1951年にIittalaでのキャリアをスタートさせました。初期に手がけた芸術性の高いアートピースは、1954年のミラノ・トリエンナーレでグランプリを受賞。さらに、1956年に発表したマウスブローによる実用ガラス『i-line』でも、1957年のミラノ・トリエンナーレでグランプリを受賞しました。1946年からIittalaで活躍していた盟友Tapio Wirkkala(タピオ・ヴィルカラ)とともに、Iittalaをフィンランドを代表するブランドへと押し上げました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    Iittalaでは、ガラスデザインだけでなくポスターやパンフレット、パッケージなど、グラフィックデザインの分野でも活躍しました。なかでも『i-line』のためにデザインしたロゴマークは、のちにブランドロゴとして発展し、長くIittalaの象徴となりました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    また、Timo Sarpanevaは、ガラス職人や技術者たちとの協働を通じて、つねに新たな技法と表現を探求しました。試作と実験を重ねるなかで、1963年には木型の焼けた表面が生み出す質感に着目し、『Finlandia』シリーズへと結実させています。こうした姿勢は、のちにTampella(タンペラ)の工場で展開したテキスタイル『Ambiente』にもつながり、機械を巨大な絵筆のように用いる『マシンペインティング』という表現へと発展しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    IittalaやTampella以外にも、Venini(ベニーニ)でのアートガラス、Rosenthal(ローゼンタール)の磁器、Rosenlew(ローゼンリュ)の鋳鉄、Opa(オパ)のステンレス、ラグやグラフィックデザインまで、幅広い領域で活躍しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    1956年にルニング賞、1963年にアメリカのインターナショナル・デザイン・アワード、1967年にプロ・フィンランディア、1977年にはプロフェッサーの称号を授与されるなど受賞歴多数。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e","brand":"TIMO SARPANEVA","offers":[{"title":"LILAC \/ SARP411","offer_id":48505224364272,"sku":null,"price":6600.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/SARP412_1.jpg?v=1776666207"},{"product_id":"sarp433","title":"i-114 TUMBLER(BLUE GREY) 2014-10","description":"\u003cdiv class=\"item-description\"\u003e\n  \u003cp\u003e1956年に発表されたTimo Sarpaneva(ティモ・サルパネヴァ)による『i-line』シリーズ。『i-line』は、アートガラスとプロダクトの中間に位置づけられ、一般的なガラスウェアより20〜30%高い価格帯の上質な家庭用ガラスとして販売されたシリーズです。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003eグレーを基調に、ブルー、ライラック、グリーンへと展開された繊細な色彩計画も、『i-line』を特徴づける重要な要素です。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e『i-line』のためにデザインされた、赤い円の中に『i』を配したマークは、翌年にはアートガラス全般のマークとなり、その後Iittala(イッタラ)のブランドマークとして長年にわたり象徴的な存在となりました。赤い円の中の『i』は、燃え盛る炉に差し込まれた吹き竿と、その先に巻き取られたガラスを表しています。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e1957年のミラノ・トリエンナーレに出品されグランプリを受賞し、1954年のアートガラスに続くTimo Sarpanevaにとって2度目のグランプリ受賞となりました。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003eこちらは『i-line』シリーズのひとつで、1958年にデザインされた『i-114』のタンブラー。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e1959年から1970年まで製造。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e型吹き(廻し吹き)の技法により製造されており、ガラスの厚みやサイズ、色味には個体差があります。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e※目立つダメージなく良い状態です。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\n\n\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n  \u003ch3\u003e\u003cstrong\u003eTIMO SARPANEVA｜ティモ・サルパネヴァ｜1926–2006｜FINLAND\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    Timo Sarpaneva(ティモ・サルパネヴァ)は、フィンランドのモダンデザインを代表する傑出したデザイナーのひとり。ヘルシングの中央美術工芸学校でグラフィックデザインを専攻。卒業後の1949年、Riihimäen Lasi(リーヒマエン・ラシ)のガラスデザインコンペで2位を獲得し、ガラスデザイナーとして招かれますが、無償でのデザイン提供を求められたことで交渉は決裂しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    ガラスデザイナーへの道を模索するなか、1950年にA. Ahlström(アールストロム)で展覧会やショーウィンドウ、グラフィックの仕事を手がけます。同年、Holmegaard(ホルムガード)からガラスデザインの依頼を受けてA. Ahlströmを辞める決意をしますが、A. Ahlström側からグループ企業Iittala(イッタラ)でガラスデザイナーとして活動する道を示され、1951年にIittalaでのキャリアをスタートさせました。初期に手がけた芸術性の高いアートピースは、1954年のミラノ・トリエンナーレでグランプリを受賞。さらに、1956年に発表したマウスブローによる実用ガラス『i-line』でも、1957年のミラノ・トリエンナーレでグランプリを受賞しました。1946年からIittalaで活躍していた盟友Tapio Wirkkala(タピオ・ヴィルカラ)とともに、Iittalaをフィンランドを代表するブランドへと押し上げました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    Iittalaでは、ガラスデザインだけでなくポスターやパンフレット、パッケージなど、グラフィックデザインの分野でも活躍しました。なかでも『i-line』のためにデザインしたロゴマークは、のちにブランドロゴとして発展し、長くIittalaの象徴となりました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    また、Timo Sarpanevaは、ガラス職人や技術者たちとの協働を通じて、つねに新たな技法と表現を探求しました。試作と実験を重ねるなかで、1963年には木型の焼けた表面が生み出す質感に着目し、『Finlandia』シリーズへと結実させています。こうした姿勢は、のちにTampella(タンペラ)の工場で展開したテキスタイル『Ambiente』にもつながり、機械を巨大な絵筆のように用いる『マシンペインティング』という表現へと発展しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    IittalaやTampella以外にも、Venini(ベニーニ)でのアートガラス、Rosenthal(ローゼンタール)の磁器、Rosenlew(ローゼンリュ)の鋳鉄、Opa(オパ)のステンレス、ラグやグラフィックデザインまで、幅広い領域で活躍しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    1956年にルニング賞、1963年にアメリカのインターナショナル・デザイン・アワード、1967年にプロ・フィンランディア、1977年にはプロフェッサーの称号を授与されるなど受賞歴多数。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e","brand":"TIMO SARPANEVA","offers":[{"title":"BLUE \/ SARP433","offer_id":48505232785648,"sku":null,"price":6600.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/SARP434_1.jpg?v=1776666494"},{"product_id":"sarp309","title":"“JURMO” SHERRY GLASS 2133-011","description":"\u003cdiv class=\"item-description\"\u003e\n  \u003cp\u003e1978年にデザインされ、1980年から1983年に製造。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003eフィンランドの海岸と外海との間にあるアーキペラゴ(群島)のひとつJURMOの名を冠したグラスウェアシリーズ。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e緩やかな曲線を描く美しいフォルムは、JURMOへの旅で海水に長い間磨かれた小石からインスピレーションを得たもの。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e希少なモデル。※おそらく未使用、非常に良い状態です。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\n\n\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n  \u003ch3\u003e\u003cstrong\u003eTIMO SARPANEVA｜ティモ・サルパネヴァ｜1926–2006｜FINLAND\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    Timo Sarpaneva(ティモ・サルパネヴァ)は、フィンランドのモダンデザインを代表する傑出したデザイナーのひとり。ヘルシングの中央美術工芸学校でグラフィックデザインを専攻。卒業後の1949年、Riihimäen Lasi(リーヒマエン・ラシ)のガラスデザインコンペで2位を獲得し、ガラスデザイナーとして招かれますが、無償でのデザイン提供を求められたことで交渉は決裂しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    ガラスデザイナーへの道を模索するなか、1950年にA. Ahlström(アールストロム)で展覧会やショーウィンドウ、グラフィックの仕事を手がけます。同年、Holmegaard(ホルムガード)からガラスデザインの依頼を受けてA. Ahlströmを辞める決意をしますが、A. Ahlström側からグループ企業Iittala(イッタラ)でガラスデザイナーとして活動する道を示され、1951年にIittalaでのキャリアをスタートさせました。初期に手がけた芸術性の高いアートピースは、1954年のミラノ・トリエンナーレでグランプリを受賞。さらに、1956年に発表したマウスブローによる実用ガラス『i-line』でも、1957年のミラノ・トリエンナーレでグランプリを受賞しました。1946年からIittalaで活躍していた盟友Tapio Wirkkala(タピオ・ヴィルカラ)とともに、Iittalaをフィンランドを代表するブランドへと押し上げました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    Iittalaでは、ガラスデザインだけでなくポスターやパンフレット、パッケージなど、グラフィックデザインの分野でも活躍しました。なかでも『i-line』のためにデザインしたロゴマークは、のちにブランドロゴとして発展し、長くIittalaの象徴となりました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    また、Timo Sarpanevaは、ガラス職人や技術者たちとの協働を通じて、つねに新たな技法と表現を探求しました。試作と実験を重ねるなかで、1963年には木型の焼けた表面が生み出す質感に着目し、『Finlandia』シリーズへと結実させています。こうした姿勢は、のちにTampella(タンペラ)の工場で展開したテキスタイル『Ambiente』にもつながり、機械を巨大な絵筆のように用いる『マシンペインティング』という表現へと発展しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    IittalaやTampella以外にも、Venini(ベニーニ)でのアートガラス、Rosenthal(ローゼンタール)の磁器、Rosenlew(ローゼンリュ)の鋳鉄、Opa(オパ)のステンレス、ラグやグラフィックデザインまで、幅広い領域で活躍しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    1956年にルニング賞、1963年にアメリカのインターナショナル・デザイン・アワード、1967年にプロ・フィンランディア、1977年にはプロフェッサーの称号を授与されるなど受賞歴多数。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e","brand":"TIMO SARPANEVA","offers":[{"title":"CLEAR \/ SARP309","offer_id":48505245991152,"sku":null,"price":6600.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/SARP309_1.jpg?v=1765542347"},{"product_id":"sarp408","title":"i-104 TUMBLER(LILAC GREY) 2004-4 6pcs BOX","description":"\u003cdiv class=\"item-description\"\u003e\n  \u003cp\u003e1956年に発表されたTimo Sarpaneva(ティモ・サルパネヴァ)による『i-line』シリーズ。『i-line』は、アートガラスとプロダクトの中間に位置づけられ、一般的なガラスウェアより20〜30%高い価格帯の上質な家庭用ガラスとして販売されたシリーズです。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003eグレーを基調に、ブルー、ライラック、グリーンへと展開された繊細な色彩計画も、『i-line』を特徴づける重要な要素です。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e『i-line』のためにデザインされた、赤い円の中に『i』を配したマークは、翌年にはアートガラス全般のマークとなり、その後Iittala(イッタラ)のブランドマークとして長年にわたり象徴的な存在となりました。赤い円の中の『i』は、燃え盛る炉に差し込まれた吹き竿と、その先に巻き取られたガラスを表しています。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e1957年のミラノ・トリエンナーレに出品されグランプリを受賞し、1954年のアートガラスに続くTimo Sarpanevaにとって2度目のグランプリ受賞となりました。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003eこちらは『i-line』シリーズのひとつで、1956年にデザインされた『i-104』の小ぶりなタンブラー。1956年から1967年まで製造。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e型吹き(廻し吹き)の技法により製造されており、ガラスの厚みやサイズ、色味には個体差があります。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e1957年のミラノ・トリエンナーレに出品されたもののひとつ。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003eパッケージデザインもTimo Sarpanevaによるもの。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e※目立つダメージなく良い状態です。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\n\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n  \u003ch3\u003e\u003cstrong\u003eTIMO SARPANEVA｜ティモ・サルパネヴァ｜1926–2006｜FINLAND\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    Timo Sarpaneva(ティモ・サルパネヴァ)は、フィンランドのモダンデザインを代表する傑出したデザイナーのひとり。ヘルシングの中央美術工芸学校でグラフィックデザインを専攻。卒業後の1949年、Riihimäen Lasi(リーヒマエン・ラシ)のガラスデザインコンペで2位を獲得し、ガラスデザイナーとして招かれますが、無償でのデザイン提供を求められたことで交渉は決裂しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    ガラスデザイナーへの道を模索するなか、1950年にA. Ahlström(アールストロム)で展覧会やショーウィンドウ、グラフィックの仕事を手がけます。同年、Holmegaard(ホルムガード)からガラスデザインの依頼を受けてA. Ahlströmを辞める決意をしますが、A. Ahlström側からグループ企業Iittala(イッタラ)でガラスデザイナーとして活動する道を示され、1951年にIittalaでのキャリアをスタートさせました。初期に手がけた芸術性の高いアートピースは、1954年のミラノ・トリエンナーレでグランプリを受賞。さらに、1956年に発表したマウスブローによる実用ガラス『i-line』でも、1957年のミラノ・トリエンナーレでグランプリを受賞しました。1946年からIittalaで活躍していた盟友Tapio Wirkkala(タピオ・ヴィルカラ)とともに、Iittalaをフィンランドを代表するブランドへと押し上げました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    Iittalaでは、ガラスデザインだけでなくポスターやパンフレット、パッケージなど、グラフィックデザインの分野でも活躍しました。なかでも『i-line』のためにデザインしたロゴマークは、のちにブランドロゴとして発展し、長くIittalaの象徴となりました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    また、Timo Sarpanevaは、ガラス職人や技術者たちとの協働を通じて、つねに新たな技法と表現を探求しました。試作と実験を重ねるなかで、1963年には木型の焼けた表面が生み出す質感に着目し、『Finlandia』シリーズへと結実させています。こうした姿勢は、のちにTampella(タンペラ)の工場で展開したテキスタイル『Ambiente』にもつながり、機械を巨大な絵筆のように用いる『マシンペインティング』という表現へと発展しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    IittalaやTampella以外にも、Venini(ベニーニ)でのアートガラス、Rosenthal(ローゼンタール)の磁器、Rosenlew(ローゼンリュ)の鋳鉄、Opa(オパ)のステンレス、ラグやグラフィックデザインまで、幅広い領域で活躍しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    1956年にルニング賞、1963年にアメリカのインターナショナル・デザイン・アワード、1967年にプロ・フィンランディア、1977年にはプロフェッサーの称号を授与されるなど受賞歴多数。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e","brand":"TIMO SARPANEVA","offers":[{"title":"LILAC \/ SARP408","offer_id":48505253036272,"sku":null,"price":26400.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/SARP408_1.jpg?v=1765542673"},{"product_id":"sarp394","title":"i-104 TUMBLER(CLEAR) 2004-4 6pcs BOX","description":"\u003cdiv class=\"item-description\"\u003e\n  \u003cp\u003e1956年に発表されたTimo Sarpaneva(ティモ・サルパネヴァ)による『i-line』シリーズ。『i-line』は、アートガラスとプロダクトの中間に位置づけられ、一般的なガラスウェアより20〜30%高い価格帯の上質な家庭用ガラスとして販売されたシリーズです。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003eグレーを基調に、ブルー、ライラック、グリーンへと展開された繊細な色彩計画も、『i-line』を特徴づける重要な要素です。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e『i-line』のためにデザインされた、赤い円の中に『i』を配したマークは、翌年にはアートガラス全般のマークとなり、その後Iittala(イッタラ)のブランドマークとして長年にわたり象徴的な存在となりました。赤い円の中の『i』は、燃え盛る炉に差し込まれた吹き竿と、その先に巻き取られたガラスを表しています。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e1957年のミラノ・トリエンナーレに出品されグランプリを受賞し、1954年のアートガラスに続くTimo Sarpanevaにとって2度目のグランプリ受賞となりました。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003eこちらは『i-line』シリーズのひとつで、1956年にデザインされた『i-104』の小ぶりなタンブラー。1956年から1967年まで製造。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e型吹き(廻し吹き)の技法により製造されており、ガラスの厚みやサイズ、色味には個体差があります。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e1957年のミラノ・トリエンナーレに出品されたもののひとつ。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003eパッケージデザインもTimo Sarpanevaによるもの。クリアガラスは希少色。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e※目立つダメージなく良い状態です。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\n\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n  \u003ch3\u003e\u003cstrong\u003eTIMO SARPANEVA｜ティモ・サルパネヴァ｜1926–2006｜FINLAND\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    Timo Sarpaneva(ティモ・サルパネヴァ)は、フィンランドのモダンデザインを代表する傑出したデザイナーのひとり。ヘルシングの中央美術工芸学校でグラフィックデザインを専攻。卒業後の1949年、Riihimäen Lasi(リーヒマエン・ラシ)のガラスデザインコンペで2位を獲得し、ガラスデザイナーとして招かれますが、無償でのデザイン提供を求められたことで交渉は決裂しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    ガラスデザイナーへの道を模索するなか、1950年にA. Ahlström(アールストロム)で展覧会やショーウィンドウ、グラフィックの仕事を手がけます。同年、Holmegaard(ホルムガード)からガラスデザインの依頼を受けてA. Ahlströmを辞める決意をしますが、A. Ahlström側からグループ企業Iittala(イッタラ)でガラスデザイナーとして活動する道を示され、1951年にIittalaでのキャリアをスタートさせました。初期に手がけた芸術性の高いアートピースは、1954年のミラノ・トリエンナーレでグランプリを受賞。さらに、1956年に発表したマウスブローによる実用ガラス『i-line』でも、1957年のミラノ・トリエンナーレでグランプリを受賞しました。1946年からIittalaで活躍していた盟友Tapio Wirkkala(タピオ・ヴィルカラ)とともに、Iittalaをフィンランドを代表するブランドへと押し上げました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    Iittalaでは、ガラスデザインだけでなくポスターやパンフレット、パッケージなど、グラフィックデザインの分野でも活躍しました。なかでも『i-line』のためにデザインしたロゴマークは、のちにブランドロゴとして発展し、長くIittalaの象徴となりました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    また、Timo Sarpanevaは、ガラス職人や技術者たちとの協働を通じて、つねに新たな技法と表現を探求しました。試作と実験を重ねるなかで、1963年には木型の焼けた表面が生み出す質感に着目し、『Finlandia』シリーズへと結実させています。こうした姿勢は、のちにTampella(タンペラ)の工場で展開したテキスタイル『Ambiente』にもつながり、機械を巨大な絵筆のように用いる『マシンペインティング』という表現へと発展しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    IittalaやTampella以外にも、Venini(ベニーニ)でのアートガラス、Rosenthal(ローゼンタール)の磁器、Rosenlew(ローゼンリュ)の鋳鉄、Opa(オパ)のステンレス、ラグやグラフィックデザインまで、幅広い領域で活躍しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e\n    1956年にルニング賞、1963年にアメリカのインターナショナル・デザイン・アワード、1967年にプロ・フィンランディア、1977年にはプロフェッサーの称号を授与されるなど受賞歴多数。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e","brand":"TIMO SARPANEVA","offers":[{"title":"CLEAR \/ SARP394","offer_id":48505258213616,"sku":null,"price":26400.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/SARP394_1.jpg?v=1765542589"},{"product_id":"punch-ladle-1927-210mm","title":"PUNCH LADLE 1927 210mm","description":"\u003cdiv class=\"black-text-01\"\u003e\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    1960年にデザインされ、1961年から1963年、1972年から1973年に製造されたガラス製レードル。\u003cbr\u003e\n    型吹きのボウル部分に宙吹きされた持ち手部分が融着されています。\u003cbr\u003e\n    ボウルの縁に引っ掛かるように持ち手の端部分がくるりと巻かれたデザイン。\u003cbr\u003e\n    1963年にはPunch用のグラス(1736)がデザインされ、取っ手部にこのデザインが踏襲されています。\u003cbr\u003e\n    希少なもの。\u003cbr\u003e\n    画像9枚目右。\u003cbr\u003e\n    ※目立つダメージなく良い状態です。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\n\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n  \u003ch3\u003eKAJ FRANCK｜カイ・フランク｜1911–1989｜FINLAND\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    Kaj Franck(カイ・フランク)は、20世紀フィンランドのモダンデザインを代表するデザイナーのひとり。\n    ヘルシンキの中央美術工芸学校(現アールト大学)ではArttu Brummer(アルッツ・ブルマー)に師事。卒業後は家具やインテリア、テキスタイルなど幅広い分野で活動しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    1945年にKurt Ekholm(クルト・エクホルム)の要請でArabia(アラビア)に主任デザイナーとして迎えられ、戦後の日常生活に必要なテーブルウェアの刷新を担いました。\n    1946年には、Karhula-Iittala(カルフラ・イッタラ)のコンペで入賞したことを機にIittalaでガラスデザイナーとなりますが、1950年にArabiaと同じWärtsilä(ヴァルチラ)傘下のグループ企業となったNuutajärvi(ヌータヤルヴィ)に移籍し、ディレクターとしてArabiaと共通理念のガラスウェアのデザインを始めました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    『フィンランドの良心』とも称されたKaj Franckのデザイン思想は、「大衆のためのデザイン」と「デザイナーの社会的責任」という考えに基づいています。\n    シンプルな幾何学フォルムと装飾を排した色彩による表現で、長く使い続けることのできる普遍的なプロダクトを数多くデザインしました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    ArabiaのKILTA(現TEEMA)シリーズやNuutajärviのタンブラー5027(現KARTIO)シリーズは、現在もIittalaで製造が続けられるロングセラーとなっています。\n    またその一方で、Nuutajärviでは工芸的アプローチによる芸術性の高いユニークピースのガラス作品も数多く手がけており、これらにFranckの芸術家としての側面を見ることができます。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    1960年からはヘルシンキの芸術デザイン学校(現アールト大学)で教育にも携わり、フィンランドのデザイン教育にも大きな影響を与えました。\n    ルニング賞(1955年)、ミラノ・トリエンナーレ グランプリ(1957年)、コンパッソ・ドーロ賞(1957年)など受賞歴多数。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\"","brand":"KAJ FRANCK","offers":[{"title":"CLEAR \/ KFGL1791","offer_id":48590636515568,"sku":null,"price":14850.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/KFGL1791_1.jpg?v=1765779796"},{"product_id":"punch-ladle-1927-195mm","title":"PUNCH LADLE 1927 195mm","description":"\u003cdiv class=\"black-text-01\"\u003e\n\u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e1960年にデザインされ、1961年から1963年、1972年から1973年に製造されたガラス製レードル。\u003cbr\u003e型吹きのボウル部分に宙吹きされた持ち手部分が融着されています。\u003cbr\u003eボウルの縁に引っ掛かるように持ち手の端部分がくるりと巻かれたデザイン。\u003cbr\u003e1963年にはPunch用のグラス(1736)がデザインされ、取っ手部にこのデザインが踏襲されています。\u003cbr\u003e希少なもの。\u003cbr\u003e画像9枚目左。\u003cbr\u003e※目立つダメージなく良い状態です。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n  \u003ch3\u003eKAJ FRANCK｜カイ・フランク｜1911–1989｜FINLAND\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    Kaj Franck(カイ・フランク)は、20世紀フィンランドのモダンデザインを代表するデザイナーのひとり。\n    ヘルシンキの中央美術工芸学校(現アールト大学)ではArttu Brummer(アルッツ・ブルマー)に師事。卒業後は家具やインテリア、テキスタイルなど幅広い分野で活動しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    1945年にKurt Ekholm(クルト・エクホルム)の要請でArabia(アラビア)に主任デザイナーとして迎えられ、戦後の日常生活に必要なテーブルウェアの刷新を担いました。\n    1946年には、Karhula-Iittala(カルフラ・イッタラ)のコンペで入賞したことを機にIittalaでガラスデザイナーとなりますが、1950年にArabiaと同じWärtsilä(ヴァルチラ)傘下のグループ企業となったNuutajärvi(ヌータヤルヴィ)に移籍し、ディレクターとしてArabiaと共通理念のガラスウェアのデザインを始めました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    『フィンランドの良心』とも称されたKaj Franckのデザイン思想は、「大衆のためのデザイン」と「デザイナーの社会的責任」という考えに基づいています。\n    シンプルな幾何学フォルムと装飾を排した色彩による表現で、長く使い続けることのできる普遍的なプロダクトを数多くデザインしました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    ArabiaのKILTA(現TEEMA)シリーズやNuutajärviのタンブラー5027(現KARTIO)シリーズは、現在もIittalaで製造が続けられるロングセラーとなっています。\n    またその一方で、Nuutajärviでは工芸的アプローチによる芸術性の高いユニークピースのガラス作品も数多く手がけており、これらにFranckの芸術家としての側面を見ることができます。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    1960年からはヘルシンキの芸術デザイン学校(現アールト大学)で教育にも携わり、フィンランドのデザイン教育にも大きな影響を与えました。\n    ルニング賞(1955年)、ミラノ・トリエンナーレ グランプリ(1957年)、コンパッソ・ドーロ賞(1957年)など受賞歴多数。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e","brand":"KAJ FRANCK","offers":[{"title":"CLEAR \/ KFGL1891","offer_id":48590913274096,"sku":null,"price":13750.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/KFGL1891_1_9c554415-df22-4370-a1eb-49433fcc1006.jpg?v=1765780222"},{"product_id":"wine-glass-1111","title":"WINE GLASS(RED) 1111","description":"\u003cdiv class=\"black-text-01\"\u003e\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    1953年にデザインされ、1953年から1956年に製造。\u003cbr\u003e\n    1997年に限定復刻(おそらく同年にHeinolaで開催されたKaj Franckの展覧会を記念してのものと推測されます)。\u003cbr\u003e\n    カラーガラスで展開するプロダクトとしては、Nuutajärviで最初期にデザインしたもので、マウスブローにて製造されています。\u003cbr\u003e\n    こちらは、1953年から1956年に製造されたオリジナル。\u003cbr\u003e\n    ※目立つダメージ無く良い状態です。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\n\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n  \u003ch3\u003eKAJ FRANCK｜カイ・フランク｜1911–1989｜FINLAND\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    Kaj Franck(カイ・フランク)は、20世紀フィンランドのモダンデザインを代表するデザイナーのひとり。\n    ヘルシンキの中央美術工芸学校(現アールト大学)ではArttu Brummer(アルッツ・ブルマー)に師事。卒業後は家具やインテリア、テキスタイルなど幅広い分野で活動しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    1945年にKurt Ekholm(クルト・エクホルム)の要請でArabia(アラビア)に主任デザイナーとして迎えられ、戦後の日常生活に必要なテーブルウェアの刷新を担いました。\n    1946年には、Karhula-Iittala(カルフラ・イッタラ)のコンペで入賞したことを機にIittalaでガラスデザイナーとなりますが、1950年にArabiaと同じWärtsilä(ヴァルチラ)傘下のグループ企業となったNuutajärvi(ヌータヤルヴィ)に移籍し、ディレクターとしてArabiaと共通理念のガラスウェアのデザインを始めました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    『フィンランドの良心』とも称されたKaj Franckのデザイン思想は、「大衆のためのデザイン」と「デザイナーの社会的責任」という考えに基づいています。\n    シンプルな幾何学フォルムと装飾を排した色彩による表現で、長く使い続けることのできる普遍的なプロダクトを数多くデザインしました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    ArabiaのKILTA(現TEEMA)シリーズやNuutajärviのタンブラー5027(現KARTIO)シリーズは、現在もIittalaで製造が続けられるロングセラーとなっています。\n    またその一方で、Nuutajärviでは工芸的アプローチによる芸術性の高いユニークピースのガラス作品も数多く手がけており、これらにFranckの芸術家としての側面を見ることができます。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    1960年からはヘルシンキの芸術デザイン学校(現アールト大学)で教育にも携わり、フィンランドのデザイン教育にも大きな影響を与えました。\n    ルニング賞(1955年)、ミラノ・トリエンナーレ グランプリ(1957年)、コンパッソ・ドーロ賞(1957年)など受賞歴多数。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\"","brand":"KAJ FRANCK","offers":[{"title":"RED \/ KFGL1881","offer_id":48590978744560,"sku":null,"price":14850.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/KFGL1881_1.jpg?v=1765780342"},{"product_id":"cocktail-glass-1119-009","title":"COCKTAIL GLASS(OLIVE) 1119-009","description":"\u003cdiv class=\"black-text-01\"\u003e\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    Kaj Franck(カイ・フランク)によって1956年にデザインされたカクテルグラス。\u003cbr\u003e\n    1953年にデザインしたワイングラス1111からプレート部分をなくし、よりシンプルにしたようなデザイン。\u003cbr\u003e\n    3サイズ、透明・赤・オリーブの3色で展開されました。\u003cbr\u003e\n    1956年から1961年に製造。\u003cbr\u003e\n    ※目立つダメージ無く良い状態です。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\n\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n  \u003ch3\u003eKAJ FRANCK｜カイ・フランク｜1911–1989｜FINLAND\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    Kaj Franck(カイ・フランク)は、20世紀フィンランドのモダンデザインを代表するデザイナーのひとり。\n    ヘルシンキの中央美術工芸学校(現アールト大学)ではArttu Brummer(アルッツ・ブルマー)に師事。卒業後は家具やインテリア、テキスタイルなど幅広い分野で活動しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    1945年にKurt Ekholm(クルト・エクホルム)の要請でArabia(アラビア)に主任デザイナーとして迎えられ、戦後の日常生活に必要なテーブルウェアの刷新を担いました。\n    1946年には、Karhula-Iittala(カルフラ・イッタラ)のコンペで入賞したことを機にIittalaでガラスデザイナーとなりますが、1950年にArabiaと同じWärtsilä(ヴァルチラ)傘下のグループ企業となったNuutajärvi(ヌータヤルヴィ)に移籍し、ディレクターとしてArabiaと共通理念のガラスウェアのデザインを始めました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    『フィンランドの良心』とも称されたKaj Franckのデザイン思想は、「大衆のためのデザイン」と「デザイナーの社会的責任」という考えに基づいています。\n    シンプルな幾何学フォルムと装飾を排した色彩による表現で、長く使い続けることのできる普遍的なプロダクトを数多くデザインしました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    ArabiaのKILTA(現TEEMA)シリーズやNuutajärviのタンブラー5027(現KARTIO)シリーズは、現在もIittalaで製造が続けられるロングセラーとなっています。\n    またその一方で、Nuutajärviでは工芸的アプローチによる芸術性の高いユニークピースのガラス作品も数多く手がけており、これらにFranckの芸術家としての側面を見ることができます。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    1960年からはヘルシンキの芸術デザイン学校(現アールト大学)で教育にも携わり、フィンランドのデザイン教育にも大きな影響を与えました。\n    ルニング賞(1955年)、ミラノ・トリエンナーレ グランプリ(1957年)、コンパッソ・ドーロ賞(1957年)など受賞歴多数。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\"","brand":"KAJ FRANCK","offers":[{"title":"OLIVE \/ KFGL1817","offer_id":48591321334000,"sku":null,"price":8250.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/KFGL1817_1.jpg?v=1765780724"},{"product_id":"kremlin-bell-kf500-1500","title":"\"KREMLIN BELL\" KF500\/1500","description":"\u003cdiv class=\"black-text-01\"\u003e\n\u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e1957年にデザインされ、1957年から1968年まで製造された作品。 カイ・フランクの代表作のひとつであり、1957年のミラノ・トリエンナーレでグランプリを受賞した際に出展された作品の一つでもあります。\u003c\/p\u003e\n\u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e当初は日常使いのプロダクトとしてデザインされましたが、その造形の美しさと完成度の高さから、1960年以降はアートピースとして販売されるようになりました。 このため、1959年までのItem No.は「1500」、1960年以降は「KF500」と、二つのItem No.が存在します。\u003c\/p\u003e\n\u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e上部のボトルには酒を、下部のカラフェには水を入れることを想定してデザインされた、機能と造形が美しく融合した構成です。\u003c\/p\u003e\n\u003cp class=\"ex-text-01\"\u003eカットサインは『Nuutajärvi Notsjö』。\u003cbr\u003eこちらは、カットサインより1965年から1968年に製造された個体です。\u003cbr\u003e光にかざすとボトル部分にわずかに水垢が見られますが、目立つダメージはなく、全体として良好なコンディションです。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top: 48px;\"\u003e\n\u003ch3\u003eKAJ FRANCK｜カイ・フランク｜1911–1989｜FINLAND\u003c\/h3\u003e\n\u003cp class=\"ex-text-01\"\u003eKaj Franck(カイ・フランク)は、20世紀フィンランドのモダンデザインを代表するデザイナーのひとり。 ヘルシンキの中央美術工芸学校(現アールト大学)ではArttu Brummer(アルッツ・ブルマー)に師事。卒業後は家具やインテリア、テキスタイルなど幅広い分野で活動しました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e1945年にKurt Ekholm(クルト・エクホルム)の要請でArabia(アラビア)に主任デザイナーとして迎えられ、戦後の日常生活に必要なテーブルウェアの刷新を担いました。 1946年には、Karhula-Iittala(カルフラ・イッタラ)のコンペで入賞したことを機にIittalaでガラスデザイナーとなりますが、1950年にArabiaと同じWärtsilä(ヴァルチラ)傘下のグループ企業となったNuutajärvi(ヌータヤルヴィ)に移籍し、ディレクターとしてArabiaと共通理念のガラスウェアのデザインを始めました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e『フィンランドの良心』とも称されたKaj Franckのデザイン思想は、「大衆のためのデザイン」と「デザイナーの社会的責任」という考えに基づいています。 シンプルな幾何学フォルムと装飾を排した色彩による表現で、長く使い続けることのできる普遍的なプロダクトを数多くデザインしました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp class=\"ex-text-01\"\u003eArabiaのKILTA(現TEEMA)シリーズやNuutajärviのタンブラー5027(現KARTIO)シリーズは、現在もIittalaで製造が続けられるロングセラーとなっています。 またその一方で、Nuutajärviでは工芸的アプローチによる芸術性の高いユニークピースのガラス作品も数多く手がけており、これらにFranckの芸術家としての側面を見ることができます。\u003c\/p\u003e\n\u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e1960年からはヘルシンキの芸術デザイン学校(現アールト大学)で教育にも携わり、フィンランドのデザイン教育にも大きな影響を与えました。 ルニング賞(1955年)、ミラノ・トリエンナーレ グランプリ(1957年)、コンパッソ・ドーロ賞(1957年)など受賞歴多数。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e","brand":"KAJ FRANCK","offers":[{"title":"GREY \/ KFGL1869","offer_id":48591997206768,"sku":null,"price":0.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/KFGL1869_1.jpg?v=1765781711"},{"product_id":"aalto-vaseclear-9744-3031-145-wooden-mold","title":"AALTO VASE(CLEAR) 9744\/3031-145 WOODEN MOLD","description":"\u003cdiv class=\"black-text-01\"\u003e\n\u003cdiv class=\"black-text-01\"\u003e\n\u003cdiv class=\"black-text-01\"\u003e\n\u003cdiv class=\"black-text-01\"\u003e\n\u003cdiv class=\"black-text-01\"\u003e\n\u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\u003cmeta charset=\"utf-8\"\u003e\u003cspan\u003eAlvar Aalto(アルヴァ・アアルト)は、1936年にKARHULA-IITTALA主催で開催された翌年のパリ万博出展用のデザインコンペに\u003c\/span\u003e\u003cbr\u003e\u003cspan\u003e「エスキモー女性の革パンツ」と題した非対称の有機的な曲線を描く複数のスケッチで優勝。\u003c\/span\u003e\u003cbr\u003e\u003cspan\u003eパリ万博では、自身が設計したフィンランド館にKarhulaで製造された10点の作品が展示され、Alvar Aalto単独では初めてのガラス作品となりました。\u003c\/span\u003e\u003cbr\u003e\u003cspan\u003e同年には、インテリアデザインを手掛けたSavoyレストラン用にも2つの花器デザインし、\u003c\/span\u003e\u003cbr\u003e\u003cspan\u003eその一つであるItem No.9750\/3030は、現在も製造される人気の作品で、通称SAVOY VASEとも呼ばれています。\u003c\/span\u003e\u003cbr\u003e\u003cbr\u003e\u003cspan\u003eこちらは、木型で製造された高さ145mmのItem No.9744\/3031。\u003c\/span\u003e\u003cbr\u003e\u003cspan\u003eカットサインが無いため、いつ製造されたものなのか詳細は不明です。\u003c\/span\u003e\u003cbr\u003e\u003cbr\u003e\u003cspan\u003e一部を除き基本的にカットサインが入らない1948年までのKARHULA製、もしくは1949年以降のIITTALA製の販売には至らなかったセカンドクオリティもしくは試作品。\u003c\/span\u003e\u003cbr\u003e\u003cspan\u003eIITTALAでは、1980〜1990年代にも木型で限定製造されていたようです。\u003c\/span\u003e\u003cbr\u003e\u003cspan\u003e可能性としては後者である確率が高いと思います。\u003c\/span\u003e\u003cbr\u003e\u003cspan\u003e※目立つダメージなく良い状態です。\u003c\/span\u003e\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\u003c\/div\u003e","brand":"ALVAR AALTO","offers":[{"title":"CLEAR \/ AAGL049","offer_id":48594220351728,"sku":null,"price":242000.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/AAGL049_1.jpg?v=1765849603"},{"product_id":"aalto-butter-dishwhite-4805","title":"“AALTO” BUTTER DISH(WHITE) 4805","description":"\u003cp\u003e1932年に開催された Karhula–Iittala ガラスデザインコンペのプレスガラス部門で、第2位を獲得した「Bölgeblick」。\u003cbr\u003e\n翌1933年にはロンドンで展示されるなど早くから国際的に紹介され、1934年にKarhulaで製造が開始されました。\u003cbr\u003e\n1936年のミラノ・トリエンナーレでは展示デザインでグランプリを獲得すると同時に、「Bölgeblick」シリーズがゴールドメダルを受賞。\u003cbr\u003e\n1937年頃からはデザイナーの名前にちなみ「Aalto」シリーズとして販売されるようになりました。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003e「Bölgeblick」という名称は、北欧モダンデザインの出発点ともいわれる1930年のストックホルム博覧会に登場した機能主義建築「Café Böljeblick」との関連が指摘されており、当時広がりつつあった北欧モダンデザインの潮流の中で生まれたデザインとされています。\u003cbr\u003e\nフィンランド語で「Aalto」は「波」を意味し、波紋のように広がる同心円状のフォルムはデザイナーの名前とも重なるダブルミーニングとなっています。\u003cbr\u003e\n特徴的な段状のリングは光を美しく反射させるだけでなく、器を重ねて収納できる実用性も備えています。\u003cbr\u003e\nまた、当時の量産ガラスに見られた気泡や皺状の跡を目立たなくする工夫としても機能しています。\u003cbr\u003e\n現在もIittalaで「Aino Aalto」シリーズとして製造が続く、北欧モダンデザインを代表するプロダクトのひとつです。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp\u003eこちらは、不透明な白いガラスの蓋つきバターディッシュ。\u003cbr\u003e\n製造期間は1952年から1953年、または1956年。\u003cbr\u003e\nたいへん希少なものです。\u003cbr\u003e\n※蓋の縁に小さな欠けがありますが、その他目立つダメージなく良い状態です。\u003c\/p\u003e","brand":"AINO AALTO","offers":[{"title":"WHITE \/ AINO154","offer_id":48594227953904,"sku":null,"price":132000.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/AINO154_1.jpg?v=1765849980"},{"product_id":"maija-dish-for-cold-cuts","title":"“MAIJA” DISH FOR COLD CUTS","description":"\u003cdiv class=\"black-text-01\"\u003e\n\u003cdiv class=\"black-text-01\"\u003e\n\u003cdiv class=\"black-text-01\"\u003e\n\u003cdiv class=\"black-text-01\"\u003e\n\u003cdiv class=\"black-text-01\"\u003e\n\u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\u003cmeta charset=\"utf-8\"\u003e\u003cmeta charset=\"utf-8\"\u003e\u003cspan\u003e1936年にデザイン。\u003c\/span\u003e\u003cbr\u003e\u003cspan\u003e1937年のパリ万国博覧会に向けたKARHULA-IITTALAガラスコンペに出展した『MAIJA』シリーズのひとつで、\u003c\/span\u003e\u003cbr\u003e\u003cspan\u003eシリーズの中で唯一製品化されたコールドカット用のガラス容器。\u003c\/span\u003e\u003cbr\u003e\u003cspan\u003e※内側表面の四隅あたりに水垢のようなところがあります。\u003c\/span\u003e\u003cbr\u003e\u003cspan\u003e製造時より上部の角に亀裂のようなものがあります。\u003c\/span\u003e\u003cbr\u003e\u003cspan\u003eその他小傷はありますが、概ね良い状態です。\u003c\/span\u003e\u003cbr\u003e\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\u003c\/div\u003e","brand":"AINO AALTO","offers":[{"title":"BLACK \/ AINO288","offer_id":48594229297392,"sku":null,"price":88000.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/AINO288_1.jpg?v=1765850205"},{"product_id":"mug-4","title":"MUG","description":"\u003cdiv class=\"black-text-01\"\u003e\n\u003cp class=\"ex-text-01\"\u003eこちらは、荒々しく轆轤目が残り、土の素材感のある造形美と\n濃い青や緑から正面の薄紫へのグラデーションが目を惹く素晴らしい景色のあるマグです。\u003cbr\u003e\n※目立つダメージなく良い状態です。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\n\u003c!-- 下段：TOINI MUONA 基本コード --\u003e\n\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n  \u003ch3\u003eTOINI MUONA｜トイニ・ムオナ｜1904–1987｜FINLAND\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    Toini Muona（トイニ・ムオナ）はフィンランドの女性陶芸家・デザイナーで、\n    フィンランドにおける近代陶芸のパイオニアのひとりです。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    ヘルシンキの中央美術工芸学校で陶芸を専攻し、\n    Alfred William Finch（アルフレッド・ウィリアム・フィンチ）に師事しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    1931年にArabiaにデコレーターとして雇われた後、\n    1年も経たないうちに自身のコレクションを完成させ、\n    応用美術館で初個展を開催しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    1933年の美術部門設立から主要な作家として1970年まで在籍しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    彼女は陶芸だけでなくテキスタイルデザインや、\n    Riihimäen Lasi、Karhula、Nuutajärviなどでガラスのデザインも手がけています。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    赤や青、ターコイズの豊かな色合いに変化する銅釉を用い、\n    非対称性を洗練させることで生まれる有機的なフォルムの作品を多く残しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\n\u003c!-- 下段：ARABIA 基本コード --\u003e\n\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n  \u003ch3\u003eARABIA｜アラビア｜1873 –｜FINLAND\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    Arabiaは1873年、ヘルシンキ郊外のアラビア地区にスウェーデンの陶磁器メーカー\n    Rörstrand（ロールストランド）の子会社として設立され、翌1874年に操業を開始しました。\n    1916年にはRörstrandの資本から離れ、フィンランド企業として独立します。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    1929年には全長112メートルにおよぶ当時世界最大級のトンネル窯が導入され、\n    生産の効率化と大量生産体制が確立されました。\n    これによりArabiaはヨーロッパ有数の陶磁器工場へと発展していきます。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    1932年にはKurt Ekholm（クルト・エクホルム）がアートディレクターに就任し、\n    Arabiaにおける芸術活動を芸術部門として組織化。\n    作家のための制作環境を整え、プロダクトとアートピースを並行して発展させる体制を築きました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    Arabiaの大きな特徴は、芸術部門、応用芸術部門、プロダクトデザイン部門という\n    三つの分野が相互に関わりながら製品開発を行ってきたことにあります。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    芸術部門にはToini Muona（トイニ・ムオナ）、Friedl Kjellberg（フリードル・チェルベリ）、\n    Michael Schilkin（ミカエル・シルキン）、Birger Kaipiainen（ビルガー・カイピアイネン）、\n    Rut Bryk（ルート・ブリュック）、Kyllikki Salmenhaara（キーリッキ・サルメンハーラ）らが参加。\n    その作品は1930年代から国際的な評価を獲得し、Arabiaの文化的側面を担うとともに、\n    フィンランド陶芸の発展に重要な役割を果たしました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    1940年代にはFriedl Kjellbergが蛍手の技法を用いたRice Porcelainを開発。\n    1950年から量産が開始され、1974年まで続くロングセラーとなり、\n    Arabiaを代表する芸術磁器として国際的に高い評価を受けました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    Ekholmは1930年代に北欧で広がった機能主義の流れを背景に、\n    1935年にテーブルウェアARシリーズ（SINIVALKO）を発表し、\n    後の北欧モダンデザインの方向性を示しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    1945年にはKaj Franck（カイ・フランク）がデザイナーとして入社し、\n    Kaarina Aho（カーリナ・アホ）やUlla Procopé（ウラ・プロコペ）らとともに\n    プロダクトデザインの刷新を進めました。\n    1953年に発表されたKiltaシリーズは、シンプルな幾何学フォルムと多用途性を特徴とする\n    革新的なモダンデザインのテーブルウェアとして大きな成功を収めました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    Arabiaは1930年代から数多くの受賞歴を誇りますが、特に1950年代の\n    ミラノ・トリエンナーレ（1951・1954・1957）では、\n    芸術部門の作家の作品に加えデザイナーによるプロダクトも数多く受賞し、\n    世界的な評価を確立しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e","brand":"TOINI MUONA","offers":[{"title":"TURQUOISE \/ TMCR006","offer_id":48594823807216,"sku":null,"price":99000.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/TMCR006_1.jpg?v=1765861591"},{"product_id":"bowl","title":"BOWL","description":"\u003cdiv class=\"black-text-01\"\u003e\n\u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e1960年のミラノトリエンナーレに同様のデザインの作品を多数出展しています。\u003cbr\u003e\n器に円盤上の蓋する不思議な意匠を取り入れた作品です。\u003cbr\u003e\n1960年前後の作品と推測されます。\u003cbr\u003e\n※目立つダメージなく良い状態です。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\n\u003c!-- 下段：FRANCESCA MASCITTI-LINDH 基本コード --\u003e\n\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n  \u003ch3\u003eFRANCESCA MASCITTI-LINDH｜フランセスカ・マスシッチ・リンド｜1931–｜FINLAND\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    Francesca Mascitti-Lindh（フランセスカ・マスシッチ・リンド）は、1931年にイタリア人の父とフィンランド人の母のもとに生まれました。\n1946年からローマのアートスクールで2年間学んだ後にフィンランドへ移住します。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    その後すぐにArabiaでOlga Osol（オルガ・オソル）、Michael Schilkin（ミカエル・シルキン）、Kaj Franck（カイ・フランク）のもとで見習いとして過ごし、1949年から1953年まで美術デザイン学校で陶芸を学びました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    この学校で後に夫となるRichard Lindh（リカルド・リンド）と出会い、卒業後の1953年に二人でヘルシンキに小さなスタジオを設立。主に実用的な陶器の制作を行いました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    いくつかの展示に出展した作品がWärtsiläグループ（Arabiaの親会社）の社長の目に留まり、1955年からArabiaの美術部門で働くこととなり、1989年まで34年間在籍しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    Arabia退職後も自身のアトリエで制作活動を続け、90歳となる2021年に新たに陶芸窯を導入するなど現在も精力的に作品制作を行っています。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    イタリアとフィンランドという二つのデザイン文化にルーツを持ち、様々な技法や素材を駆使した独創的な作品を数多く残しています。彼女の作品の多くはアートピースですが、唯一のプロダクトとしてイタリアのGinoriでテーブルウェアをデザインしています。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\n\u003c!-- 下段：ARABIA 基本コード --\u003e\n\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n  \u003ch3\u003eARABIA｜アラビア｜1873 –｜FINLAND\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    Arabiaは1873年、ヘルシンキ郊外のアラビア地区にスウェーデンの陶磁器メーカー\n    Rörstrand（ロールストランド）の子会社として設立され、翌1874年に操業を開始しました。\n    1916年にはRörstrandの資本から離れ、フィンランド企業として独立します。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    1929年には全長112メートルにおよぶ当時世界最大級のトンネル窯が導入され、\n    生産の効率化と大量生産体制が確立されました。\n    これによりArabiaはヨーロッパ有数の陶磁器工場へと発展していきます。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    1932年にはKurt Ekholm（クルト・エクホルム）がアートディレクターに就任し、\n    Arabiaにおける芸術活動を芸術部門として組織化。\n    作家のための制作環境を整え、プロダクトとアートピースを並行して発展させる体制を築きました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    Arabiaの大きな特徴は、芸術部門、応用芸術部門、プロダクトデザイン部門という\n    三つの分野が相互に関わりながら製品開発を行ってきたことにあります。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    芸術部門にはToini Muona（トイニ・ムオナ）、Friedl Kjellberg（フリードル・チェルベリ）、\n    Michael Schilkin（ミカエル・シルキン）、Birger Kaipiainen（ビルガー・カイピアイネン）、\n    Rut Bryk（ルート・ブリュック）、Kyllikki Salmenhaara（キーリッキ・サルメンハーラ）らが参加。\n    その作品は1930年代から国際的な評価を獲得し、Arabiaの文化的側面を担うとともに、\n    フィンランド陶芸の発展に重要な役割を果たしました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    1940年代にはFriedl Kjellbergが蛍手の技法を用いたRice Porcelainを開発。\n    1950年から量産が開始され、1974年まで続くロングセラーとなり、\n    Arabiaを代表する芸術磁器として国際的に高い評価を受けました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    Ekholmは1930年代に北欧で広がった機能主義の流れを背景に、\n    1935年にテーブルウェアARシリーズ（SINIVALKO）を発表し、\n    後の北欧モダンデザインの方向性を示しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    1945年にはKaj Franck（カイ・フランク）がデザイナーとして入社し、\n    Kaarina Aho（カーリナ・アホ）やUlla Procopé（ウラ・プロコペ）らとともに\n    プロダクトデザインの刷新を進めました。\n    1953年に発表されたKiltaシリーズは、シンプルな幾何学フォルムと多用途性を特徴とする\n    革新的なモダンデザインのテーブルウェアとして大きな成功を収めました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    Arabiaは1930年代から数多くの受賞歴を誇りますが、特に1950年代の\n    ミラノ・トリエンナーレ（1951・1954・1957）では、\n    芸術部門の作家の作品に加えデザイナーによるプロダクトも数多く受賞し、\n    世界的な評価を確立しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e","brand":"FRANCESCA MASCITTI-LINDH","offers":[{"title":"BROWN \/ FMLC004","offer_id":48594828951792,"sku":null,"price":33000.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/FMLC004_1.jpg?v=1765862498"},{"product_id":"relief-butterflies","title":"RELIEF \"BUTTERFLIES\"","description":"\u003cdiv class=\"black-text-01\"\u003e\n\u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e1950年代初めに石膏型を用いた新たな技法に着手。\u003cbr\u003e\nこれにより同じ図柄の作品であるが、様々な釉薬の組み合わせや型押しなど装飾を施すことにより一つ一つ個性のある作品となりました。\u003cbr\u003e\nこちらは、この石膏型を用いた技法の作品で1957年にデザインされた『蝶』をモチーフとしたレリーフのひとつで、1958年のブリュッセル万博のフィンランド館にて発表されました。\u003cbr\u003e\nこのレリーフ以前にも蝶をモチーフとした作品はありましたが、 1957年は、画家であり蝶類学者でもあった父フェリックスが亡くなった年でもあり、父への様々な思いを改めて作品に落とし込んだレリーフのシリーズといえます。\u003c\/p\u003e\n\n\u003cp class=\"ex-text-01\"\u003eパステル調のピンクの釉薬に2頭の蝶が配され、側面などに型押し装飾が施されています。\u003cbr\u003e背面はブルーの釉薬。\u003cbr\u003e\n※側面角にダメージがあります。この他は、全体に艶があり、スレなどもなく非常に良い状態です。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\n\n\u003c!-- 下段：RUT BRYK 基本コード --\u003e\n\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n  \u003ch3\u003eRUT BRYK｜ルート・ブリュック｜1916–1999｜FINLAND\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    Rut Bryk（ルート・ブリュック）は、フィンランドの女性デザイナー・芸術家。\n    中央美術工芸学校でグラフィックアートを専攻し、卒業後はイラストやテキスタイルデザインなどグラフィックアーティストとして活動しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    1942年にARABIAの芸術部門のアートディレクターであるKurt Ekholm（クルト・エクホルム）に誘われ訓練生として入社し、その後約50年にわたり芸術部門の作家として活躍しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    1945年に結婚した夫は、後にIittalaなどで活躍したフィンランドを代表するデザイナーTapio Wirkkala（タピオ・ヴィルカラ）です。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    ミラノ・トリエンナーレでは1951年に夫と共にグランプリ、1954年に名誉賞を受賞しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    陶土を革新的な独自の表現手法として用いた作品を多く残し、フィンランドにおけるモダニズムを牽引した芸術家のひとりです。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\n\u003c!-- 下段：ARABIA 基本コード --\u003e\n\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n  \u003ch3\u003eARABIA｜アラビア｜1873 –｜FINLAND\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    Arabiaは1873年、ヘルシンキ郊外のアラビア地区にスウェーデンの陶磁器メーカー\n    Rörstrand（ロールストランド）の子会社として設立され、翌1874年に操業を開始しました。\n    1916年にはRörstrandの資本から離れ、フィンランド企業として独立します。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    1929年には全長112メートルにおよぶ当時世界最大級のトンネル窯が導入され、\n    生産の効率化と大量生産体制が確立されました。\n    これによりArabiaはヨーロッパ有数の陶磁器工場へと発展していきます。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    1932年にはKurt Ekholm（クルト・エクホルム）がアートディレクターに就任し、\n    Arabiaにおける芸術活動を芸術部門として組織化。\n    作家のための制作環境を整え、プロダクトとアートピースを並行して発展させる体制を築きました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    Arabiaの大きな特徴は、芸術部門、応用芸術部門、プロダクトデザイン部門という\n    三つの分野が相互に関わりながら製品開発を行ってきたことにあります。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    芸術部門にはToini Muona（トイニ・ムオナ）、Friedl Kjellberg（フリードル・チェルベリ）、\n    Michael Schilkin（ミカエル・シルキン）、Birger Kaipiainen（ビルガー・カイピアイネン）、\n    Rut Bryk（ルート・ブリュック）、Kyllikki Salmenhaara（キーリッキ・サルメンハーラ）らが参加。\n    その作品は1930年代から国際的な評価を獲得し、Arabiaの文化的側面を担うとともに、\n    フィンランド陶芸の発展に重要な役割を果たしました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    1940年代にはFriedl Kjellbergが蛍手の技法を用いたRice Porcelainを開発。\n    1950年から量産が開始され、1974年まで続くロングセラーとなり、\n    Arabiaを代表する芸術磁器として国際的に高い評価を受けました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    Ekholmは1930年代に北欧で広がった機能主義の流れを背景に、\n    1935年にテーブルウェアARシリーズ（SINIVALKO）を発表し、\n    後の北欧モダンデザインの方向性を示しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    1945年にはKaj Franck（カイ・フランク）がデザイナーとして入社し、\n    Kaarina Aho（カーリナ・アホ）やUlla Procopé（ウラ・プロコペ）らとともに\n    プロダクトデザインの刷新を進めました。\n    1953年に発表されたKiltaシリーズは、シンプルな幾何学フォルムと多用途性を特徴とする\n    革新的なモダンデザインのテーブルウェアとして大きな成功を収めました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    Arabiaは1930年代から数多くの受賞歴を誇りますが、特に1950年代の\n    ミラノ・トリエンナーレ（1951・1954・1957）では、\n    芸術部門の作家の作品に加えデザイナーによるプロダクトも数多く受賞し、\n    世界的な評価を確立しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e","brand":"RUT BRYK","offers":[{"title":"PINK \/ BRYK006","offer_id":48594839863536,"sku":null,"price":770000.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/BRYK006_1.jpg?v=1765862981"},{"product_id":"goblet","title":"GOBLET","description":"\u003cdiv class=\"black-text-01\"\u003e\n\u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\nこちらは、自身の工房にて制作されたゴブレット。\u003cbr\u003e\n轆轤で制作した二つのカップを底面同士で接合した作品。\u003cbr\u003e\nサインは手書きで『AHO』、不鮮明ですがスタンプで MADE IN FINLAND』。\u003cbr\u003e\n希少なもの。\u003cbr\u003e\n※目立つダメージなく良い状態です。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\u003c!-- 下段：KAARINA AHO 基本コード --\u003e\n\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n  \u003ch3\u003eKAARINA AHO｜カーリナ・アホ｜1925–1990｜FINLAND\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    Kaarina Aho（カーリナ・アホ）はフィンランドの女性陶芸家、デザイナー。\n    祖父は国民的作家Juhani Aho（ユハニ・アホ）、祖母は芸術家Venny Soldan-Brofeldt（ヴェニー・ソルダン・ブロフェルト）という\n    文化的に著名な家系に1925年に生まれました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    中央美術工芸学校を卒業後、1946年からKaj Franck（カイ・フランク）の最初のアシスタントとして\n    アラビアのプロダクトデザイン部門に加わり、1949年から1962年までデザイナーとして\n    数多くのプロダクトをデザインしました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    1957年のミラノ・トリエンナーレでは、BLモデルのモカカップがゴールドメダルを受賞しています。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    アラビア在籍当初は大量生産品の装飾などの職務に満足できず辞職を申し出ましたが、\n    会社からは受け入れられませんでした。\n    その代わりにアラビアのほぼ全ての部門に出入りできるようになり、\n    様々な技能を習得していきました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    彼女はプロダクトデザイン部門に所属しながら、轆轤で一点物の作品も制作し自身の展示会を開催。\n    1962年にアラビアを離れた後は自身の工房を構え、作家として作品制作を続けました。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e","brand":"KAARINA AHO","offers":[{"title":"WHITE \/ KAHO014","offer_id":48594861621488,"sku":null,"price":33000.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/KAHO014_1.jpg?v=1765864892"},{"product_id":"goblet-1","title":"GOBLET","description":"\u003cdiv class=\"black-text-01\"\u003e\n\u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\nこちらは、自身の工房にて制作されたゴブレット。\u003cbr\u003e\n轆轤で制作した二つのカップを底面同士で接合した作品。\u003cbr\u003e\nサインは手書きで『AHO』、不鮮明ですがスタンプで MADE IN FINLAND』。\u003cbr\u003e\n希少なもの。\u003cbr\u003e\n※目立つダメージなく良い状態です。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\u003c!-- 下段：KAARINA AHO 基本コード --\u003e\n\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n  \u003ch3\u003eKAARINA AHO｜カーリナ・アホ｜1925–1990｜FINLAND\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    Kaarina Aho（カーリナ・アホ）はフィンランドの女性陶芸家、デザイナー。\n    祖父は国民的作家Juhani Aho（ユハニ・アホ）、祖母は芸術家Venny Soldan-Brofeldt（ヴェニー・ソルダン・ブロフェルト）という\n    文化的に著名な家系に1925年に生まれました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    中央美術工芸学校を卒業後、1946年からKaj Franck（カイ・フランク）の最初のアシスタントとして\n    アラビアのプロダクトデザイン部門に加わり、1949年から1962年までデザイナーとして\n    数多くのプロダクトをデザインしました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    1957年のミラノ・トリエンナーレでは、BLモデルのモカカップがゴールドメダルを受賞しています。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    アラビア在籍当初は大量生産品の装飾などの職務に満足できず辞職を申し出ましたが、\n    会社からは受け入れられませんでした。\n    その代わりにアラビアのほぼ全ての部門に出入りできるようになり、\n    様々な技能を習得していきました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    彼女はプロダクトデザイン部門に所属しながら、轆轤で一点物の作品も制作し自身の展示会を開催。\n    1962年にアラビアを離れた後は自身の工房を構え、作家として作品制作を続けました。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e","brand":"KAARINA AHO","offers":[{"title":"WHITE \/ KAHO015","offer_id":48594864210160,"sku":null,"price":33000.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/KAHO015_1.jpg?v=1765865172"},{"product_id":"kaho016","title":"GOBLET","description":"\u003cdiv class=\"black-text-01\"\u003e\n\u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\nこちらは、自身の工房にて制作されたゴブレット。\u003cbr\u003e\n轆轤で制作した二つのカップを底面同士で接合した作品。\u003cbr\u003e\nサインは手書きで『AHO』、不鮮明ですがスタンプで MADE IN FINLAND』。\u003cbr\u003e\n希少なもの。\u003cbr\u003e\n※目立つダメージなく良い状態です。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\u003c!-- 下段：KAARINA AHO 基本コード --\u003e\n\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n  \u003ch3\u003eKAARINA AHO｜カーリナ・アホ｜1925–1990｜FINLAND\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    Kaarina Aho（カーリナ・アホ）はフィンランドの女性陶芸家、デザイナー。\n    祖父は国民的作家Juhani Aho（ユハニ・アホ）、祖母は芸術家Venny Soldan-Brofeldt（ヴェニー・ソルダン・ブロフェルト）という\n    文化的に著名な家系に1925年に生まれました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    中央美術工芸学校を卒業後、1946年からKaj Franck（カイ・フランク）の最初のアシスタントとして\n    アラビアのプロダクトデザイン部門に加わり、1949年から1962年までデザイナーとして\n    数多くのプロダクトをデザインしました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    1957年のミラノ・トリエンナーレでは、BLモデルのモカカップがゴールドメダルを受賞しています。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    アラビア在籍当初は大量生産品の装飾などの職務に満足できず辞職を申し出ましたが、\n    会社からは受け入れられませんでした。\n    その代わりにアラビアのほぼ全ての部門に出入りできるようになり、\n    様々な技能を習得していきました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    彼女はプロダクトデザイン部門に所属しながら、轆轤で一点物の作品も制作し自身の展示会を開催。\n    1962年にアラビアを離れた後は自身の工房を構え、作家として作品制作を続けました。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e","brand":"KAARINA AHO","offers":[{"title":"WHITE \/ KAHO016","offer_id":48594866241776,"sku":null,"price":33000.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/KAHO016_1.jpg?v=1765865272"},{"product_id":"cup","title":"CUP","description":"\u003cdiv class=\"black-text-01\"\u003e\n\u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\nこちらは、自身の工房にて轆轤で制作されたカップ。\u003cbr\u003e\n赤土にシャモットを混ぜたような粗い土を用いた作品で、化粧土を掛けた後に透明釉を掛け焼成されています。\u003cbr\u003e\n透明釉は内側と外側上部から7分目あたりまで掛けられています。\u003cbr\u003e\nサインは『AHO MADE IN FINLAND』。希少なもの。\u003cbr\u003e\n※縁に複数の釉剥げがあります。\u003cbr\u003e20点ほどの同様の作品から選んできましたが、全ての作品に釉剥げが見られましたので、この作品の特質であると判断しました。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n  \n\u003c!-- 下段：KAARINA AHO 基本コード --\u003e\n\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n  \u003ch3\u003eKAARINA AHO｜カーリナ・アホ｜1925–1990｜FINLAND\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    Kaarina Aho（カーリナ・アホ）はフィンランドの女性陶芸家、デザイナー。\n    祖父は国民的作家Juhani Aho（ユハニ・アホ）、祖母は芸術家Venny Soldan-Brofeldt（ヴェニー・ソルダン・ブロフェルト）という\n    文化的に著名な家系に1925年に生まれました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    中央美術工芸学校を卒業後、1946年からKaj Franck（カイ・フランク）の最初のアシスタントとして\n    アラビアのプロダクトデザイン部門に加わり、1949年から1962年までデザイナーとして\n    数多くのプロダクトをデザインしました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    1957年のミラノ・トリエンナーレでは、BLモデルのモカカップがゴールドメダルを受賞しています。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    アラビア在籍当初は大量生産品の装飾などの職務に満足できず辞職を申し出ましたが、\n    会社からは受け入れられませんでした。\n    その代わりにアラビアのほぼ全ての部門に出入りできるようになり、\n    様々な技能を習得していきました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    彼女はプロダクトデザイン部門に所属しながら、轆轤で一点物の作品も制作し自身の展示会を開催。\n    1962年にアラビアを離れた後は自身の工房を構え、作家として作品制作を続けました。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e","brand":"KAARINA AHO","offers":[{"title":"BROWN \/ KAHO017","offer_id":48594867519728,"sku":null,"price":27500.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/KAHO017_1.jpg?v=1765865395"},{"product_id":"natural-glaze-bowl","title":"NATURAL GLAZE BOWL","description":"\u003cdiv class=\"black-text-01\"\u003e\n\u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\nこちらは、自身の工房にて轆轤で制作された器。\u003cbr\u003e\nフィンランドの作家の作品では、珍しい自然釉の作品。\u003cbr\u003e\n手書きのサインは『KAA』で、おそらくミドルネームを含めた(Kaarina Antintytär Aho)のイニシャル。たいへん希少なもの。\u003cbr\u003e\n※高台に1箇所薄い欠けがあります。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\n\u003c!-- 下段：KAARINA AHO 基本コード --\u003e\n\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n  \u003ch3\u003eKAARINA AHO｜カーリナ・アホ｜1925–1990｜FINLAND\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    Kaarina Aho（カーリナ・アホ）はフィンランドの女性陶芸家、デザイナー。\n    祖父は国民的作家Juhani Aho（ユハニ・アホ）、祖母は芸術家Venny Soldan-Brofeldt（ヴェニー・ソルダン・ブロフェルト）という\n    文化的に著名な家系に1925年に生まれました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    中央美術工芸学校を卒業後、1946年からKaj Franck（カイ・フランク）の最初のアシスタントとして\n    アラビアのプロダクトデザイン部門に加わり、1949年から1962年までデザイナーとして\n    数多くのプロダクトをデザインしました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    1957年のミラノ・トリエンナーレでは、BLモデルのモカカップがゴールドメダルを受賞しています。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    アラビア在籍当初は大量生産品の装飾などの職務に満足できず辞職を申し出ましたが、\n    会社からは受け入れられませんでした。\n    その代わりにアラビアのほぼ全ての部門に出入りできるようになり、\n    様々な技能を習得していきました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    彼女はプロダクトデザイン部門に所属しながら、轆轤で一点物の作品も制作し自身の展示会を開催。\n    1962年にアラビアを離れた後は自身の工房を構え、作家として作品制作を続けました。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e","brand":"KAARINA AHO","offers":[{"title":"GREEN \/ KAHO020","offer_id":48599283237104,"sku":null,"price":60500.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/KAHO020_1.jpg?v=1765865697"},{"product_id":"object","title":"OBJECT","description":"\u003cdiv class=\"black-text-01\"\u003e\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    Nuutajärviのステッカーが貼ってありますが、カットサインはありません。\u003cbr\u003e\n    おそらく試作品と思われます。\u003cbr\u003e\n    ガラスの感じや、作風からOiva Toikka(オイヴァ・トイッカ)と推測されます。\u003cbr\u003e\n    ※目立つダメージ無く良い状態です。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\n\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n  \u003ch3\u003e\u003cstrong\u003eOIVA TOIKKA｜オイヴァ・トイッカ｜1931-2019｜FINLAND\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    Oiva Toikka(オイヴァ・トイッカ)は、フィンランドのデザイナー／アーティスト。\n    芸術デザイン学校（Taideteollinen oppilaitos）で、Elsa Elenius(エルサ・エレニウス)の下、陶芸コースを専攻。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    1956年の卒業後、Arabiaでデザイナーとしてのキャリアをスタートし、半年後に美術部門に移籍。\n    1958年にはユーモア溢れる独特で力強い動物モチーフの作品などを展示した初の個展を開催し、好評を博すとともに当時の陶芸界に新たな風を吹き込みました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    1959年に家族を養うためにArabiaを離れ、複数の学校で教鞭をとりながらデザイン活動を継続。\n    1963年からはNuutajärviにガラスデザイナーとして迎えられ、以降2019年まで永きに渡り活躍しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    プロダクトからユニークピースまで、ガラスという素材に豊かな物語性と自由な想像力を持ちこみ、\n    機能性や合理性を重んじる北欧デザインの潮流から少し距離を取り、\n    ユーモアや幻想、偶然性を内包した造形を追求し続けました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    陶磁器やガラスにとどまらず、ファブリックのプリントデザイン、グラフィックデザイン、展示デザイン、\n    オペラや舞台美術など多方面で活躍。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    1970年にルニング賞、1980年にプロフィンランディア メダル、\n    1992年にカイ・フランク デザイン賞など受賞歴多数。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e","brand":"OIVA TOIKKA","offers":[{"title":"WHITE \/ OIVA049","offer_id":48594873876720,"sku":null,"price":88000.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/OIVA049_1.jpg?v=1765866119"},{"product_id":"vase","title":"VASE","description":"\u003cdiv class=\"black-text-01\"\u003e\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    Nuutajärvi Boutiqueについては、明確なエビデンスがありませんが、現時点での様々な情報から\n    1970年代にヘルシンキのNuutajärviのギャラリー／ショップでのみ販売された試作品やイベント用に制作された作品と推測されます。\u003cbr\u003e\n    作品には、シルバーにピンクのロゴマークと『Boutique』がプリントされた特別なステッカーが貼られ、作品にはカットサインは入りません。\u003cbr\u003e\n    デザイナー名を伏せたプロトタイプの販売を通して、純粋な作品としての反応やフィードバックを得る機会でもあったと思われます。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    こちらは、サイズの異なるキューブが積み重なった大型作品。\u003cbr\u003e\n    作風や後に発表された作品から推測すると、こちらの作品はOiva Toikkaによるデザインかと思われます。\u003cbr\u003e\n    ※目立つダメージなく良い状態です。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\n\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n  \u003ch3\u003e\u003cstrong\u003eOIVA TOIKKA｜オイヴァ・トイッカ｜1931-2019｜FINLAND\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    Oiva Toikka(オイヴァ・トイッカ)は、フィンランドのデザイナー／アーティスト。\n    芸術デザイン学校（Taideteollinen oppilaitos）で、Elsa Elenius(エルサ・エレニウス)の下、陶芸コースを専攻。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    1956年の卒業後、Arabiaでデザイナーとしてのキャリアをスタートし、半年後に美術部門に移籍。\n    1958年にはユーモア溢れる独特で力強い動物モチーフの作品などを展示した初の個展を開催し、好評を博すとともに当時の陶芸界に新たな風を吹き込みました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    1959年に家族を養うためにArabiaを離れ、複数の学校で教鞭をとりながらデザイン活動を継続。\n    1963年からはNuutajärviにガラスデザイナーとして迎えられ、以降2019年まで永きに渡り活躍しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    プロダクトからユニークピースまで、ガラスという素材に豊かな物語性と自由な想像力を持ちこみ、\n    機能性や合理性を重んじる北欧デザインの潮流から少し距離を取り、\n    ユーモアや幻想、偶然性を内包した造形を追求し続けました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    陶磁器やガラスにとどまらず、ファブリックのプリントデザイン、グラフィックデザイン、展示デザイン、\n    オペラや舞台美術など多方面で活躍。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    1970年にルニング賞、1980年にプロフィンランディア メダル、\n    1992年にカイ・フランク デザイン賞など受賞歴多数。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e","brand":"OIVA TOIKKA","offers":[{"title":"CLEAR \/ OIVA048","offer_id":48594875646192,"sku":null,"price":220000.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/OIVA048_1.jpg?v=1765866364"},{"product_id":"paperweight","title":"PAPERWEIGHT","description":"\u003cdiv class=\"black-text-01\"\u003e\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    Oiva Toikka(オイヴァ・トイッカ)によりデザインされた作品。\u003cbr\u003e\n    1964年にデザインされたOT1(FISH)と同様の製造方法となる溶着された二つの鋳造ガラス(片側のみに魚のモチーフ)、表面研磨仕上げのペーパーウェイト。\u003cbr\u003e\n    カットサインは『Nuutajärvi Notsjö』。\u003cbr\u003e\n    カットサインとNuutajärviのステッカーにより1965年から1970年までに製造されたものと推測されます。\u003cbr\u003e\n    希少なもの。\u003cbr\u003e\n    ※目立つダメージ無く良い状態です。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\n\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n  \u003ch3\u003e\u003cstrong\u003eOIVA TOIKKA｜オイヴァ・トイッカ｜1931-2019｜FINLAND\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    Oiva Toikka(オイヴァ・トイッカ)は、フィンランドのデザイナー／アーティスト。\n    芸術デザイン学校（Taideteollinen oppilaitos）で、Elsa Elenius(エルサ・エレニウス)の下、陶芸コースを専攻。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    1956年の卒業後、Arabiaでデザイナーとしてのキャリアをスタートし、半年後に美術部門に移籍。\n    1958年にはユーモア溢れる独特で力強い動物モチーフの作品などを展示した初の個展を開催し、好評を博すとともに当時の陶芸界に新たな風を吹き込みました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    1959年に家族を養うためにArabiaを離れ、複数の学校で教鞭をとりながらデザイン活動を継続。\n    1963年からはNuutajärviにガラスデザイナーとして迎えられ、以降2019年まで永きに渡り活躍しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    プロダクトからユニークピースまで、ガラスという素材に豊かな物語性と自由な想像力を持ちこみ、\n    機能性や合理性を重んじる北欧デザインの潮流から少し距離を取り、\n    ユーモアや幻想、偶然性を内包した造形を追求し続けました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    陶磁器やガラスにとどまらず、ファブリックのプリントデザイン、グラフィックデザイン、展示デザイン、\n    オペラや舞台美術など多方面で活躍。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    1970年にルニング賞、1980年にプロフィンランディア メダル、\n    1992年にカイ・フランク デザイン賞など受賞歴多数。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e","brand":"OIVA TOIKKA","offers":[{"title":"CLEAR \/ OIVA047","offer_id":48594876301552,"sku":null,"price":121000.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/OIVA047_1.jpg?v=1765866545"},{"product_id":"gobletunique-piece","title":"GOBLET(UNIQUE PIECE)","description":"\u003cdiv class=\"black-text-01\"\u003e\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    Oiva Toikka(オイヴァ・トイッカ)によるユニークピースのゴブレット。\u003cbr\u003e\n    詳細は不明ですが、IGLU(1973)、PUTELI(1975)、PIENNAR(1975)などで使用された粗い泡立ちのガラスと同様のガラスです。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    Oiva Toikkaは、1970年にルニング賞を受賞し、その副賞で東アフリカ(ケニア・タンザニア・ウガンダ)、その後に中南米(ブラジル・エクアドル・メキシコ・ペルー)を巡る4ヶ月間を旅行しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    このガラスは、メキシコを訪れた際に目にした、原始的な設備で不純物を含む材料から作られたガラスにインスピレーションを得たもの。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    おそらく1973年から1975年あたりにデザインされたものと推測されます。\u003cbr\u003e\n    カットサインは、『Oiva Toikka Nuutajärvi Notsjö』\u003cbr\u003e\n    大変希少なもの。\u003cbr\u003e\n    ※目立つダメージ無く良い状態です。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\n\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n  \u003ch3\u003e\u003cstrong\u003eOIVA TOIKKA｜オイヴァ・トイッカ｜1931-2019｜FINLAND\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    Oiva Toikka(オイヴァ・トイッカ)は、フィンランドのデザイナー／アーティスト。\n    芸術デザイン学校（Taideteollinen oppilaitos）で、Elsa Elenius(エルサ・エレニウス)の下、陶芸コースを専攻。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    1956年の卒業後、Arabiaでデザイナーとしてのキャリアをスタートし、半年後に美術部門に移籍。\n    1958年にはユーモア溢れる独特で力強い動物モチーフの作品などを展示した初の個展を開催し、好評を博すとともに当時の陶芸界に新たな風を吹き込みました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    1959年に家族を養うためにArabiaを離れ、複数の学校で教鞭をとりながらデザイン活動を継続。\n    1963年からはNuutajärviにガラスデザイナーとして迎えられ、以降2019年まで永きに渡り活躍しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    プロダクトからユニークピースまで、ガラスという素材に豊かな物語性と自由な想像力を持ちこみ、\n    機能性や合理性を重んじる北欧デザインの潮流から少し距離を取り、\n    ユーモアや幻想、偶然性を内包した造形を追求し続けました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    陶磁器やガラスにとどまらず、ファブリックのプリントデザイン、グラフィックデザイン、展示デザイン、\n    オペラや舞台美術など多方面で活躍。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    1970年にルニング賞、1980年にプロフィンランディア メダル、\n    1992年にカイ・フランク デザイン賞など受賞歴多数。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e","brand":"OIVA TOIKKA","offers":[{"title":"WHITE \/ OIVA044","offer_id":48594877153520,"sku":null,"price":275000.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/OIVA044_1.jpg?v=1765866721"},{"product_id":"bowl-1","title":"BOWL","description":"\u003cdiv class=\"black-text-01\"\u003e\n\u003cp class=\"ex-text-01\"\u003eKupittaan Savi(クピターン・サヴィ)のシンプルなフォルムの器。\u003cbr\u003e1950年代に製造。\u003cbr\u003e\nムラのあるセミマットの黄色の釉薬が施さた素朴な器。\u003cbr\u003e\n『MADE IN FINLAND』の刻印あり。\u003cbr\u003e\n※目立つダメージなく良い状態です。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\n\u003c!-- 下段：Ritva Karpio 基本コード  --\u003e\n\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top: 48px;\"\u003e\n  \u003ch3\u003e\u003cstrong\u003eKUPITTAAN SAVI｜クピターン・サヴィ｜1921–1969｜FINLAND\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    Kupittaan Savi（クピターン・サヴィ）は、1921年にフィンランドの古都Turkuで創業し、1969年まで続いた陶器メーカー。\nKupittaan Saviの製品は、主に型で成形したものに手作業で装飾を施すのが特徴で、多くの装飾家や若いアーティストが制作に関わりました。花や人物、動物などのモチーフが描かれ、同じモデルでも一点ごとに装飾が異なるため、それぞれに個性があります。\u003c\/p\u003e\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\nフィンランドを代表する陶磁器メーカーArabia（アラビア）が大規模な工業生産を行っていたのに対し、Kupittaan Saviでは比較的小規模な生産体制の中で、手仕事の装飾を生かした素朴で温かみのある牧歌的な陶器を製造していました。\u003c\/p\u003e\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n1949年にアートディレクターに就任したMarjukka Paasivirta（マルユッカ・パーシヴィルタ）は、デザイナーのLinnea Lehtonen（リネア・レートネン）やOkki Laine（オッキ・ライネ）とともに、当時トレンドとなりつつあったシンプルで機能的なモダンデザインのプロダクトを展開しました。\n1954年のミラノ・トリエンナーレでは、Marjukka Paasivirta、Linnea Lehtonen、Orvokki Laineの3人による作品がそれぞれ銀メダルを受賞し、Kupittaan Saviは国際的にも知られる存在となりました。\n1960年代初頭にはHeidi Blomstedtがデザインを手がけ、洗練されたフォルムの花器などを発表しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e","brand":"UNKNOWN","offers":[{"title":"YELLOW \/ KPSV036","offer_id":48594920898800,"sku":null,"price":13750.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/KPSV036_1.jpg?v=1765868098"}],"url":"https:\/\/elephant-life.com\/collections\/all-items.oembed","provider":"ELEPHANT","version":"1.0","type":"link"}