{"title":"FRANCESCA MASCITTI-LINDH","description":"\n\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top:0px;\"\u003e\n  \u003ch3\u003e\u003cstrong\u003eFRANCESCA MASCITTI-LINDH｜フランチェスカ・マスシッティ・リンド｜1931–｜FINLAND\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp\u003eFrancesca Mascitti-Lindh(フランチェスカ・マスシッティ・リンド)は、フィンランドで活動した女性陶芸家。イタリア人の父とフィンランド人の母のもとに生まれ、1946年からローマのアートスクールで2年間学んだ後、フィンランドへ移住しました。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003eフィンランドではすぐにArabia(アラビア)で実習生として働き、Olga Osol(オルガ・オソル)、Michael Schilkin(ミカエル・シルキン)、Kaj Franck(カイ・フランク)らのもとで経験を重ねるとともに、1949年からはヘルシンキの芸術デザイン学校でElsa Elenius(エルサ・エレニウス)のもと陶芸を学びました。この学校で後に夫となるRichard Lindh(リカルド・リンド)と出会い、卒業後の1953年に二人でヘルシンキに小さなスタジオを設立し、主に実用的な陶器を制作しました。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003eいくつかの展示に出展した作品がWärtsilä(Arabiaの親会社)の社長の目に留まり、1955年からArabiaの芸術部門で働くこととなり、この後1989年まで34年間にわたり同部門に在籍しました。Arabiaを退職した後も自身のアトリエで活動を続け、90歳となる2021年に新たに陶芸窯を導入するなど、制作を続けています。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003eFrancesca Mascitti-Lindhは、イタリアとフィンランドというデザイン大国にルーツを持ち、様々な技法や素材を駆使して、時代やスタイルに囚われない独創的な作品を数多く残しました。彼女の作品はほぼ全てがアート作品ですが、数少ないプロダクトとして、1989年にイタリアのRichard Ginori(リチャード・ジノリ)で白磁のテーブルウェア『Italia 90』をデザインしています。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e1956年にRichard Lindhと制作した『Double Teapot』は、Moma(ニューヨーク近代美術館)に収蔵されるなど国際的にも評価されており、同年にはニューヨークのMuseum of Contemporary Craftsのコンペで第1位、イタリアの国際陶芸賞Premio Faenzaでの複数回の受賞、1981年のフィンランド国家工芸・デザイン賞など受賞歴多数。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e","products":[{"product_id":"bowl","title":"BOWL","description":"\u003cdiv class=\"black-text-01\"\u003e\n\u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e1960年のミラノトリエンナーレに同様のデザインの作品を多数出展しています。\u003cbr\u003e\n器に円盤上の蓋する不思議な意匠を取り入れた作品です。\u003cbr\u003e\n1960年前後の作品と推測されます。\u003cbr\u003e\n※目立つダメージなく良い状態です。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\n\u003c!-- 下段：FRANCESCA MASCITTI-LINDH 基本コード --\u003e\n\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n  \u003ch3\u003eFRANCESCA MASCITTI-LINDH｜フランセスカ・マスシッチ・リンド｜1931–｜FINLAND\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    Francesca Mascitti-Lindh（フランセスカ・マスシッチ・リンド）は、1931年にイタリア人の父とフィンランド人の母のもとに生まれました。\n1946年からローマのアートスクールで2年間学んだ後にフィンランドへ移住します。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    その後すぐにArabiaでOlga Osol（オルガ・オソル）、Michael Schilkin（ミカエル・シルキン）、Kaj Franck（カイ・フランク）のもとで見習いとして過ごし、1949年から1953年まで美術デザイン学校で陶芸を学びました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    この学校で後に夫となるRichard Lindh（リカルド・リンド）と出会い、卒業後の1953年に二人でヘルシンキに小さなスタジオを設立。主に実用的な陶器の制作を行いました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    いくつかの展示に出展した作品がWärtsiläグループ（Arabiaの親会社）の社長の目に留まり、1955年からArabiaの美術部門で働くこととなり、1989年まで34年間在籍しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    Arabia退職後も自身のアトリエで制作活動を続け、90歳となる2021年に新たに陶芸窯を導入するなど現在も精力的に作品制作を行っています。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    イタリアとフィンランドという二つのデザイン文化にルーツを持ち、様々な技法や素材を駆使した独創的な作品を数多く残しています。彼女の作品の多くはアートピースですが、唯一のプロダクトとしてイタリアのGinoriでテーブルウェアをデザインしています。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\n\u003c!-- 下段：ARABIA 基本コード --\u003e\n\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n  \u003ch3\u003eARABIA｜アラビア｜1873 –｜FINLAND\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    Arabiaは1873年、ヘルシンキ郊外のアラビア地区にスウェーデンの陶磁器メーカー\n    Rörstrand（ロールストランド）の子会社として設立され、翌1874年に操業を開始しました。\n    1916年にはRörstrandの資本から離れ、フィンランド企業として独立します。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    1929年には全長112メートルにおよぶ当時世界最大級のトンネル窯が導入され、\n    生産の効率化と大量生産体制が確立されました。\n    これによりArabiaはヨーロッパ有数の陶磁器工場へと発展していきます。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    1932年にはKurt Ekholm（クルト・エクホルム）がアートディレクターに就任し、\n    Arabiaにおける芸術活動を芸術部門として組織化。\n    作家のための制作環境を整え、プロダクトとアートピースを並行して発展させる体制を築きました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    Arabiaの大きな特徴は、芸術部門、応用芸術部門、プロダクトデザイン部門という\n    三つの分野が相互に関わりながら製品開発を行ってきたことにあります。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    芸術部門にはToini Muona（トイニ・ムオナ）、Friedl Kjellberg（フリードル・チェルベリ）、\n    Michael Schilkin（ミカエル・シルキン）、Birger Kaipiainen（ビルガー・カイピアイネン）、\n    Rut Bryk（ルート・ブリュック）、Kyllikki Salmenhaara（キーリッキ・サルメンハーラ）らが参加。\n    その作品は1930年代から国際的な評価を獲得し、Arabiaの文化的側面を担うとともに、\n    フィンランド陶芸の発展に重要な役割を果たしました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    1940年代にはFriedl Kjellbergが蛍手の技法を用いたRice Porcelainを開発。\n    1950年から量産が開始され、1974年まで続くロングセラーとなり、\n    Arabiaを代表する芸術磁器として国際的に高い評価を受けました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    Ekholmは1930年代に北欧で広がった機能主義の流れを背景に、\n    1935年にテーブルウェアARシリーズ（SINIVALKO）を発表し、\n    後の北欧モダンデザインの方向性を示しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    1945年にはKaj Franck（カイ・フランク）がデザイナーとして入社し、\n    Kaarina Aho（カーリナ・アホ）やUlla Procopé（ウラ・プロコペ）らとともに\n    プロダクトデザインの刷新を進めました。\n    1953年に発表されたKiltaシリーズは、シンプルな幾何学フォルムと多用途性を特徴とする\n    革新的なモダンデザインのテーブルウェアとして大きな成功を収めました。\n  \u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e\n    Arabiaは1930年代から数多くの受賞歴を誇りますが、特に1950年代の\n    ミラノ・トリエンナーレ（1951・1954・1957）では、\n    芸術部門の作家の作品に加えデザイナーによるプロダクトも数多く受賞し、\n    世界的な評価を確立しました。\n  \u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e","brand":"FRANCESCA MASCITTI-LINDH","offers":[{"title":"BROWN \/ FMLC004","offer_id":48594828951792,"sku":null,"price":33000.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/FMLC004_1.jpg?v=1765862498"}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/collections\/Collection_FML.jpg?v=1777604289","url":"https:\/\/elephant-life.com\/collections\/francesca-mascitti-lindh.oembed","provider":"ELEPHANT","version":"1.0","type":"link"}