{"title":"WILHELM KÅGE","description":"\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top:0px;\"\u003e\n  \u003ch3\u003e\u003cstrong\u003eWILHELM KÅGE｜ウィルヘルム・コーゲ｜1889–1960｜SWEDEN\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp\u003eWilhelm Kåge(ウィルヘルム・コーゲ)は、スウェーデンにおけるモダンデザインの礎を築いた重要なアーティスト\/デザイナーのひとり。複数の美術学校で絵画とデッサンを学んだ後、1914年頃からポスターアーティストとして注目を集め、広告やグラフィックデザインの分野で活躍しました。当時、Svenska Slöjdföreningen(スウェーデン工芸協会)は工場製品の質を高めるため、メーカーによる芸術家の起用を推進しており、ポスター表現で評価されていたKågeは、広告やグラフィックで培った装飾感覚をテーブルウェアに生かせる人材として推薦され、1917年にGustavsberg(グスタフスベリ)へ招聘されました。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003eGustavsbergではテーブルウェアの刷新に取り組み、北欧における機能主義の出発点となった1930年のStockholmsutställningen(ストックホルム博覧会)では、オーブンから食卓へそのまま出せる耐熱食器Pyroを発表しました。1933年には、重ねて収納できる構成と合理的な形状を追求したPraktikaを手がけ、スウェーデンのモダンテーブルウェアの発展に大きく貢献しました。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003eまた、テーブルウェアのデザインと並行して芸術陶器にも取り組み、1930年には緑釉に銀彩を施したArgentaシリーズを発表。手工芸的な絵付けと量産を結びつけたArgentaは、Gustavsbergを代表する芸術陶器として国内外で高い人気を博しました。さらに同年、自身の芸術的な核となるFarstagodsも発表。自由な造形と釉薬表現を追求し、自ら加工と施釉を行う妥協のない作品として、生涯にわたり制作を続けました。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e1942年には、Kåge部門を母体にGustavsbergs Studioが設立されました。KågeがデザインしたGの中に手を配したマークを象徴とするこのStudioは、工場内に設けられた自由な制作の場であり、Kågeをはじめ、Stig Lindberg(スティグ・リンドベリ)やBerndt Friberg(ベルント・フリーベリ)らが、それぞれ独自の制作に取り組める環境が整えられました。芸術陶器やファイアンスの制作を通じて、Gustavsbergの芸術表現を担う重要な拠点となりました。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003eまた、中国陶磁や日本の民藝にも深い関心を寄せ、素材、釉薬、形の関係を探る姿勢は、生涯にわたる制作にも反映されました。1952年には濱田庄司や柳宗悦がGustavsbergを訪れ、1956年にはKåge自身も日本を訪問。益子で濱田庄司のもとに滞在するなど、日本の陶芸文化と深い関係を築き、交流を深めました。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e1925年のパリ万博で2部門でのグランプリ、1949年にスウェーデン国王より優れた芸術的功績に対して授与されるPrince Eugen Medalを受章。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n","products":[{"product_id":"kage050","title":"PLANTA BOX(WHITE) Ay.3","description":"\u003cdiv class=\"item-description\"\u003e\n\u003cp\u003eWilhelm Kåge(ウィルヘルム・コーゲ)によってデザインされたPlantaシリーズの植木鉢。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003ePlantaシリーズは、室内で観葉植物を飾る流行を背景に、1940年にストックホルムの百貨店NKで開催された『Panik och idyll i brännugnen』展で発表されました。1930年のストックホルム博以降に広がった機能主義的なデザインの流れを汲み、ボックス型やコーナー型、サイズ違いの鉢を組み合わせ、窓辺や壁際に合わせて使用できるようデザインされています。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e植木鉢を専門とするSteninge(ステニンゲ)社が製造を請け負い、鉢皿の一部はGustavsberg(グスタフスベリ)でも製造されました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eこちらは、珍しいGustavsberg製の白い(アイボリー系)陶器製の鉢で、水抜き穴はありません。機能面では鉢単体で成立しますが、Steninge製のテラコッタにマットな黒い釉薬をかけた鉢皿を合わせることで、色や質感の対比が生まれ、プロダクトとしての見え方もより引き締まるため組み合わせています。希少なモデル。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e※鉢の内側にシミなど使用感がありますが、欠けや目立つダメージなく良い状態です。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\u003c!-- 下段：WILHELM KAGE 基本コード --\u003e\n\u003cdiv style=\"margin-top: 48px;\" class=\"black-text-01\"\u003e\n\u003ch3\u003e\u003cstrong\u003eWILHELM KÅGE｜ウィルヘルム・コーゲ｜1889–1960｜SWEDEN\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n\u003cp\u003eWilhelm Kåge(ウィルヘルム・コーゲ)は、スウェーデンにおけるモダンデザインの礎を築いた重要なアーティスト\/デザイナーのひとり。複数の美術学校で絵画とデッサンを学んだ後、1914年頃からポスターアーティストとして注目を集め、広告やグラフィックデザインの分野で活躍しました。当時、Svenska Slöjdföreningen(スウェーデン工芸協会)は工場製品の質を高めるため、メーカーによる芸術家の起用を推進しており、ポスター表現で評価されていたKågeは、広告やグラフィックで培った装飾感覚をテーブルウェアに生かせる人材として推薦され、1917年にGustavsberg(グスタフスベリ)へ招聘されました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eGustavsbergではテーブルウェアの刷新に取り組み、北欧における機能主義の出発点となった1930年のStockholmsutställningen(ストックホルム博覧会)では、オーブンから食卓へそのまま出せる耐熱食器Pyroを発表しました。1933年には、重ねて収納できる構成と合理的な形状を追求したPraktikaを手がけ、スウェーデンのモダンテーブルウェアの発展に大きく貢献しました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eまた、テーブルウェアのデザインと並行して芸術陶器にも取り組み、1930年には緑釉に銀彩を施したArgentaシリーズを発表。手工芸的な絵付けと量産を結びつけたArgentaは、Gustavsbergを代表する芸術陶器として国内外で高い人気を博しました。さらに同年、自身の芸術的な核となるFarstagodsも発表。自由な造形と釉薬表現を追求し、自ら加工と施釉を行う妥協のない作品として、生涯にわたり制作を続けました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e1942年には、Kåge部門を母体にGustavsbergs Studioが設立されました。KågeがデザインしたGの中に手を配したマークを象徴とするこのStudioは、工場内に設けられた自由な制作の場であり、Kågeをはじめ、Stig Lindberg(スティグ・リンドベリ)やBerndt Friberg(ベルント・フリーベリ)らが、それぞれ独自の制作に取り組める環境が整えられました。芸術陶器やファイアンスの制作を通じて、Gustavsbergの芸術表現を担う重要な拠点となりました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eまた、中国陶磁や日本の民藝にも深い関心を寄せ、素材、釉薬、形の関係を探る姿勢は、生涯にわたる制作にも反映されました。1952年には濱田庄司や柳宗悦がGustavsbergを訪れ、1956年にはKåge自身も日本を訪問。益子で濱田庄司のもとに滞在するなど、日本の陶芸文化と深い関係を築き、交流を深めました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e1925年のパリ万博で2部門でのグランプリ、1949年にスウェーデン国王より優れた芸術的功績に対して授与されるPrince Eugen Medalを受章。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e","brand":"WILHELM KÅGE","offers":[{"title":"WHITE \/ KAGE050","offer_id":49719543136496,"sku":null,"price":33000.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/KAGE050_1.jpg?v=1778585275"},{"product_id":"kage051","title":"PLANTA BOX(WHITE) Ay.1","description":"\u003cdiv class=\"item-description\"\u003e\n\u003cp\u003eWilhelm Kåge(ウィルヘルム・コーゲ)によってデザインされたPlantaシリーズの植木鉢。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003ePlantaシリーズは、室内で観葉植物を飾る流行を背景に、1940年にストックホルムの百貨店NKで開催された『Panik och idyll i brännugnen』展で発表されました。1930年のストックホルム博以降に広がった機能主義的なデザインの流れを汲み、ボックス型やコーナー型、サイズ違いの鉢を組み合わせ、窓辺や壁際に合わせて使用できるようデザインされています。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e植木鉢を専門とするSteninge(ステニンゲ)社が製造を請け負い、鉢皿の一部はGustavsberg(グスタフスベリ)でも製造されました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eこちらは、珍しいGustavsberg製の白い(アイボリー系)陶器製の鉢で、水抜き穴はありません。機能面では鉢単体で成立しますが、Steninge製のテラコッタにマットな黒い釉薬をかけた鉢皿を合わせることで、色や質感の対比が生まれ、プロダクトとしての見え方もより引き締まるため組み合わせています。希少なモデル。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e※目立つダメージなく良い状態です。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\u003c!-- 下段：WILHELM KAGE 基本コード --\u003e\n\u003cdiv style=\"margin-top: 48px;\" class=\"black-text-01\"\u003e\n\u003ch3\u003e\u003cstrong\u003eWILHELM KÅGE｜ウィルヘルム・コーゲ｜1889–1960｜SWEDEN\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n\u003cp\u003eWilhelm Kåge(ウィルヘルム・コーゲ)は、スウェーデンにおけるモダンデザインの礎を築いた重要なアーティスト\/デザイナーのひとり。複数の美術学校で絵画とデッサンを学んだ後、1914年頃からポスターアーティストとして注目を集め、広告やグラフィックデザインの分野で活躍しました。当時、Svenska Slöjdföreningen(スウェーデン工芸協会)は工場製品の質を高めるため、メーカーによる芸術家の起用を推進しており、ポスター表現で評価されていたKågeは、広告やグラフィックで培った装飾感覚をテーブルウェアに生かせる人材として推薦され、1917年にGustavsberg(グスタフスベリ)へ招聘されました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eGustavsbergではテーブルウェアの刷新に取り組み、北欧における機能主義の出発点となった1930年のStockholmsutställningen(ストックホルム博覧会)では、オーブンから食卓へそのまま出せる耐熱食器Pyroを発表しました。1933年には、重ねて収納できる構成と合理的な形状を追求したPraktikaを手がけ、スウェーデンのモダンテーブルウェアの発展に大きく貢献しました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eまた、テーブルウェアのデザインと並行して芸術陶器にも取り組み、1930年には緑釉に銀彩を施したArgentaシリーズを発表。手工芸的な絵付けと量産を結びつけたArgentaは、Gustavsbergを代表する芸術陶器として国内外で高い人気を博しました。さらに同年、自身の芸術的な核となるFarstagodsも発表。自由な造形と釉薬表現を追求し、自ら加工と施釉を行う妥協のない作品として、生涯にわたり制作を続けました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e1942年には、Kåge部門を母体にGustavsbergs Studioが設立されました。KågeがデザインしたGの中に手を配したマークを象徴とするこのStudioは、工場内に設けられた自由な制作の場であり、Kågeをはじめ、Stig Lindberg(スティグ・リンドベリ)やBerndt Friberg(ベルント・フリーベリ)らが、それぞれ独自の制作に取り組める環境が整えられました。芸術陶器やファイアンスの制作を通じて、Gustavsbergの芸術表現を担う重要な拠点となりました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eまた、中国陶磁や日本の民藝にも深い関心を寄せ、素材、釉薬、形の関係を探る姿勢は、生涯にわたる制作にも反映されました。1952年には濱田庄司や柳宗悦がGustavsbergを訪れ、1956年にはKåge自身も日本を訪問。益子で濱田庄司のもとに滞在するなど、日本の陶芸文化と深い関係を築き、交流を深めました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e1925年のパリ万博で2部門でのグランプリ、1949年にスウェーデン国王より優れた芸術的功績に対して授与されるPrince Eugen Medalを受章。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e","brand":"WILHELM KÅGE","offers":[{"title":"WHITE \/ KAGE051","offer_id":49719548084464,"sku":null,"price":13750.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/KAGE051_1.jpg?v=1778585588"},{"product_id":"kage043","title":"PLANTA BOX(WHITE) Ay.1","description":"\u003cdiv class=\"item-description\"\u003e\n\u003cp\u003eWilhelm Kåge(ウィルヘルム・コーゲ)によってデザインされたPlantaシリーズの植木鉢。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003ePlantaシリーズは、室内で観葉植物を飾る流行を背景に、1940年にストックホルムの百貨店NKで開催された『Panik och idyll i brännugnen』展で発表されました。1930年のストックホルム博以降に広がった機能主義的なデザインの流れを汲み、ボックス型やコーナー型、サイズ違いの鉢を組み合わせ、窓辺や壁際に合わせて使用できるようデザインされています。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e植木鉢を専門とするSteninge(ステニンゲ)社が製造を請け負い、鉢皿の一部はGustavsberg(グスタフスベリ)でも製造されました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eこちらは、珍しいGustavsberg製の白い陶器製の鉢で、水抜き穴はありません。希少なモデル。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e※目立つダメージなく良い状態です。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\u003c!-- 下段：WILHELM KAGE 基本コード --\u003e\n\u003cdiv style=\"margin-top: 48px;\" class=\"black-text-01\"\u003e\n\u003ch3\u003e\u003cstrong\u003eWILHELM KÅGE｜ウィルヘルム・コーゲ｜1889–1960｜SWEDEN\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n\u003cp\u003eWilhelm Kåge(ウィルヘルム・コーゲ)は、スウェーデンにおけるモダンデザインの礎を築いた重要なアーティスト\/デザイナーのひとり。複数の美術学校で絵画とデッサンを学んだ後、1914年頃からポスターアーティストとして注目を集め、広告やグラフィックデザインの分野で活躍しました。当時、Svenska Slöjdföreningen(スウェーデン工芸協会)は工場製品の質を高めるため、メーカーによる芸術家の起用を推進しており、ポスター表現で評価されていたKågeは、広告やグラフィックで培った装飾感覚をテーブルウェアに生かせる人材として推薦され、1917年にGustavsberg(グスタフスベリ)へ招聘されました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eGustavsbergではテーブルウェアの刷新に取り組み、北欧における機能主義の出発点となった1930年のStockholmsutställningen(ストックホルム博覧会)では、オーブンから食卓へそのまま出せる耐熱食器Pyroを発表しました。1933年には、重ねて収納できる構成と合理的な形状を追求したPraktikaを手がけ、スウェーデンのモダンテーブルウェアの発展に大きく貢献しました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eまた、テーブルウェアのデザインと並行して芸術陶器にも取り組み、1930年には緑釉に銀彩を施したArgentaシリーズを発表。手工芸的な絵付けと量産を結びつけたArgentaは、Gustavsbergを代表する芸術陶器として国内外で高い人気を博しました。さらに同年、自身の芸術的な核となるFarstagodsも発表。自由な造形と釉薬表現を追求し、自ら加工と施釉を行う妥協のない作品として、生涯にわたり制作を続けました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e1942年には、Kåge部門を母体にGustavsbergs Studioが設立されました。KågeがデザインしたGの中に手を配したマークを象徴とするこのStudioは、工場内に設けられた自由な制作の場であり、Kågeをはじめ、Stig Lindberg(スティグ・リンドベリ)やBerndt Friberg(ベルント・フリーベリ)らが、それぞれ独自の制作に取り組める環境が整えられました。芸術陶器やファイアンスの制作を通じて、Gustavsbergの芸術表現を担う重要な拠点となりました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eまた、中国陶磁や日本の民藝にも深い関心を寄せ、素材、釉薬、形の関係を探る姿勢は、生涯にわたる制作にも反映されました。1952年には濱田庄司や柳宗悦がGustavsbergを訪れ、1956年にはKåge自身も日本を訪問。益子で濱田庄司のもとに滞在するなど、日本の陶芸文化と深い関係を築き、交流を深めました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e1925年のパリ万博で2部門でのグランプリ、1949年にスウェーデン国王より優れた芸術的功績に対して授与されるPrince Eugen Medalを受章。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e","brand":"WILHELM KÅGE","offers":[{"title":"WHITE \/ KAGE043","offer_id":49719550017776,"sku":null,"price":8250.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/KAGE043_1.jpg?v=1778585716"},{"product_id":"kare037","title":"\"SURREA\" VASE","description":"\u003cdiv class=\"item-description\"\u003e\n\u003cp\u003eWilhelm Kåge(ウィルヘルム・コーゲ)によってデザインされたSurreaシリーズの花器。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eSurreaは、1930年代末から取り組んだ造形実験をもとに、1940年にストックホルムの百貨店NKで開催された『Panik och idyll i brännugnen』展でユニークピースとして発表されました。器を分解し、別の器のパーツと組み合わせて再構築することで、キュビズムやシュールレアリスムを思わせる視点のずれを陶器の形に取り入れました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eこちらは、1953年にKågeが再びSurreaに取り組み、シリーズ作品として発表したもののひとつ。シリーズ作品では、一つの器を分解し、そのパーツをずらして接合することで、器の輪郭を残しながら、彫刻的なフォルムへと再構築されています。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eストーンウェアに白色カラーラ釉をかけた、マットな質感。装飾を抑えた仕上げにより、ずれた面の切り替わりから生まれる陰影が、再構築されたフォルムを際立たせています。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e※目立つダメージなく良い状態です。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\u003c!-- 下段：WILHELM KAGE 基本コード --\u003e\n\u003cdiv style=\"margin-top: 48px;\" class=\"black-text-01\"\u003e\n\u003ch3\u003e\u003cstrong\u003eWILHELM KÅGE｜ウィルヘルム・コーゲ｜1889–1960｜SWEDEN\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n\u003cp\u003eWilhelm Kåge(ウィルヘルム・コーゲ)は、スウェーデンにおけるモダンデザインの礎を築いた重要なアーティスト\/デザイナーのひとり。複数の美術学校で絵画とデッサンを学んだ後、1914年頃からポスターアーティストとして注目を集め、広告やグラフィックデザインの分野で活躍しました。当時、Svenska Slöjdföreningen(スウェーデン工芸協会)は工場製品の質を高めるため、メーカーによる芸術家の起用を推進しており、ポスター表現で評価されていたKågeは、広告やグラフィックで培った装飾感覚をテーブルウェアに生かせる人材として推薦され、1917年にGustavsberg(グスタフスベリ)へ招聘されました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eGustavsbergではテーブルウェアの刷新に取り組み、北欧における機能主義の出発点となった1930年のStockholmsutställningen(ストックホルム博覧会)では、オーブンから食卓へそのまま出せる耐熱食器Pyroを発表しました。1933年には、重ねて収納できる構成と合理的な形状を追求したPraktikaを手がけ、スウェーデンのモダンテーブルウェアの発展に大きく貢献しました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eまた、テーブルウェアのデザインと並行して芸術陶器にも取り組み、1930年には緑釉に銀彩を施したArgentaシリーズを発表。手工芸的な絵付けと量産を結びつけたArgentaは、Gustavsbergを代表する芸術陶器として国内外で高い人気を博しました。さらに同年、自身の芸術的な核となるFarstagodsも発表。自由な造形と釉薬表現を追求し、自ら加工と施釉を行う妥協のない作品として、生涯にわたり制作を続けました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e1942年には、Kåge部門を母体にGustavsbergs Studioが設立されました。KågeがデザインしたGの中に手を配したマークを象徴とするこのStudioは、工場内に設けられた自由な制作の場であり、Kågeをはじめ、Stig Lindberg(スティグ・リンドベリ)やBerndt Friberg(ベルント・フリーベリ)らが、それぞれ独自の制作に取り組める環境が整えられました。芸術陶器やファイアンスの制作を通じて、Gustavsbergの芸術表現を担う重要な拠点となりました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eまた、中国陶磁や日本の民藝にも深い関心を寄せ、素材、釉薬、形の関係を探る姿勢は、生涯にわたる制作にも反映されました。1952年には濱田庄司や柳宗悦がGustavsbergを訪れ、1956年にはKåge自身も日本を訪問。益子で濱田庄司のもとに滞在するなど、日本の陶芸文化と深い関係を築き、交流を深めました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e1925年のパリ万博で2部門でのグランプリ、1949年にスウェーデン国王より優れた芸術的功績に対して授与されるPrince Eugen Medalを受章。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e","brand":"WILHELM KÅGE","offers":[{"title":"WHITE \/ KAGE037","offer_id":49722469482736,"sku":null,"price":66000.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/KAGE037_1.jpg?v=1778662419"},{"product_id":"kage047","title":"\"ARGENTA\" VASE","description":"\u003cdiv class=\"item-description\"\u003e\n  \u003cp\u003eWilhelm Kåge(ウィルヘルム・コーゲ)によってデザインされたArgentaシリーズの花器。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003eArgentaは1930年のストックホルム博覧会で発表され、国内外で成功を収めながら1980年代まで制作が続いた、Gustavsberg(グスタフスベリ)を代表するシリーズです。Argentaとは、イタリア語で『銀』の意。深い緑色の釉薬と銀彩の組み合わせがArgentaの象徴的な表現です。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e当初は、Berndt Friberg(ベルント・フリーベリ)らが轆轤で制作した後、Kåge自身により銀彩が施されていましたが、Argentaの人気が高まるにつれ、Kågeの原画をもとに複数のペインターが装飾を担当するようになりました。その中で技量を認められたペインターには、作品に印(アルファベット)をつけることが許されました。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e戦後は、工場の合理化を余儀なくされ、轆轤から鋳込みへ、素材もフリントウェアからストーンウェアへと変わり、量産へと移行していきました。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003eこちらは、1941年に制作された作品。轆轤で成形され、銀彩はGunvor Stoor(グンヴォー・ストーア)によるもの。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e1941年はGustavsbergs Studioが発足する以前のKåge部門の時期にあたり、Argentaがまだ轆轤成形と手仕事による銀彩で制作されていました。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003eArgentaの中でも手仕事による仕上げの丁寧さが感じられ、戦後の量産化以前の魅力が残る作品です。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e人魚、ドラゴン、草花などアール・デコスタイルの装飾が多いArgentaにあって、こちらはかなりシンプルな装飾です。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e細い同心円のライン上には、ギザギザの掻き込みが施されており、控えめな装飾ながら手の込んだ仕事が見られます。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e※目立つダメージなく良い状態です。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\u003c!-- 下段：WILHELM KAGE 基本コード --\u003e\n\u003cdiv style=\"margin-top: 48px;\" class=\"black-text-01\"\u003e\n\u003ch3\u003e\u003cstrong\u003eWILHELM KÅGE｜ウィルヘルム・コーゲ｜1889–1960｜SWEDEN\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n\u003cp\u003eWilhelm Kåge(ウィルヘルム・コーゲ)は、スウェーデンにおけるモダンデザインの礎を築いた重要なアーティスト\/デザイナーのひとり。複数の美術学校で絵画とデッサンを学んだ後、1914年頃からポスターアーティストとして注目を集め、広告やグラフィックデザインの分野で活躍しました。当時、Svenska Slöjdföreningen(スウェーデン工芸協会)は工場製品の質を高めるため、メーカーによる芸術家の起用を推進しており、ポスター表現で評価されていたKågeは、広告やグラフィックで培った装飾感覚をテーブルウェアに生かせる人材として推薦され、1917年にGustavsberg(グスタフスベリ)へ招聘されました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eGustavsbergではテーブルウェアの刷新に取り組み、北欧における機能主義の出発点となった1930年のStockholmsutställningen(ストックホルム博覧会)では、オーブンから食卓へそのまま出せる耐熱食器Pyroを発表しました。1933年には、重ねて収納できる構成と合理的な形状を追求したPraktikaを手がけ、スウェーデンのモダンテーブルウェアの発展に大きく貢献しました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eまた、テーブルウェアのデザインと並行して芸術陶器にも取り組み、1930年には緑釉に銀彩を施したArgentaシリーズを発表。手工芸的な絵付けと量産を結びつけたArgentaは、Gustavsbergを代表する芸術陶器として国内外で高い人気を博しました。さらに同年、自身の芸術的な核となるFarstagodsも発表。自由な造形と釉薬表現を追求し、自ら加工と施釉を行う妥協のない作品として、生涯にわたり制作を続けました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e1942年には、Kåge部門を母体にGustavsbergs Studioが設立されました。KågeがデザインしたGの中に手を配したマークを象徴とするこのStudioは、工場内に設けられた自由な制作の場であり、Kågeをはじめ、Stig Lindberg(スティグ・リンドベリ)やBerndt Friberg(ベルント・フリーベリ)らが、それぞれ独自の制作に取り組める環境が整えられました。芸術陶器やファイアンスの制作を通じて、Gustavsbergの芸術表現を担う重要な拠点となりました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eまた、中国陶磁や日本の民藝にも深い関心を寄せ、素材、釉薬、形の関係を探る姿勢は、生涯にわたる制作にも反映されました。1952年には濱田庄司や柳宗悦がGustavsbergを訪れ、1956年にはKåge自身も日本を訪問。益子で濱田庄司のもとに滞在するなど、日本の陶芸文化と深い関係を築き、交流を深めました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e1925年のパリ万博で2部門でのグランプリ、1949年にスウェーデン国王より優れた芸術的功績に対して授与されるPrince Eugen Medalを受章。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e","brand":"WILHELM KÅGE","offers":[{"title":"GREEN \/ KAGE047","offer_id":49722571063536,"sku":null,"price":220000.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/KAGE047_1.jpg?v=1778667044"},{"product_id":"kage049","title":"\"KÅGE VERKSTAD\" TRAY","description":"\u003cdiv class=\"item-description\"\u003e\n  \u003cp\u003eこちらは、Wilhelm Kåge(ウィルヘルム・コーゲ)と、Kågeの工房で働いていた3人の職人(Birger Arvidsson、Axel Pettersson、Björn Alskog)による共同制作プロジェクト、Kåge Verkstadの作品です。KågeのKと3人の姓の頭文字を配した『K-A-P-A』のロゴが刻印に用いられました。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003eKåge Verkstadは、アメリカへの輸出を念頭に1957年から制作が進められ、1958年にニューヨークのBonniersで開催されたKågeの個展に合わせ、同じくニューヨークのGeorg Jensenショップで発表されました。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e1960年にKågeが亡くなったことも重なり、1962年で制作を終えました。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003eKåge Verkstadの作品は、衛生陶器用の素地を用いて鋳込み成形されており、厚みのある造形と重さが特徴です。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e※目立つダメージはなく、良好なコンディションです。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\u003c!-- 下段：WILHELM KAGE 基本コード --\u003e\n\u003cdiv style=\"margin-top: 48px;\" class=\"black-text-01\"\u003e\n\u003ch3\u003e\u003cstrong\u003eWILHELM KÅGE｜ウィルヘルム・コーゲ｜1889–1960｜SWEDEN\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n\u003cp\u003eWilhelm Kåge(ウィルヘルム・コーゲ)は、スウェーデンにおけるモダンデザインの礎を築いた重要なアーティスト\/デザイナーのひとり。複数の美術学校で絵画とデッサンを学んだ後、1914年頃からポスターアーティストとして注目を集め、広告やグラフィックデザインの分野で活躍しました。当時、Svenska Slöjdföreningen(スウェーデン工芸協会)は工場製品の質を高めるため、メーカーによる芸術家の起用を推進しており、ポスター表現で評価されていたKågeは、広告やグラフィックで培った装飾感覚をテーブルウェアに生かせる人材として推薦され、1917年にGustavsberg(グスタフスベリ)へ招聘されました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eGustavsbergではテーブルウェアの刷新に取り組み、北欧における機能主義の出発点となった1930年のStockholmsutställningen(ストックホルム博覧会)では、オーブンから食卓へそのまま出せる耐熱食器Pyroを発表しました。1933年には、重ねて収納できる構成と合理的な形状を追求したPraktikaを手がけ、スウェーデンのモダンテーブルウェアの発展に大きく貢献しました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eまた、テーブルウェアのデザインと並行して芸術陶器にも取り組み、1930年には緑釉に銀彩を施したArgentaシリーズを発表。手工芸的な絵付けと量産を結びつけたArgentaは、Gustavsbergを代表する芸術陶器として国内外で高い人気を博しました。さらに同年、自身の芸術的な核となるFarstagodsも発表。自由な造形と釉薬表現を追求し、自ら加工と施釉を行う妥協のない作品として、生涯にわたり制作を続けました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e1942年には、Kåge部門を母体にGustavsbergs Studioが設立されました。KågeがデザインしたGの中に手を配したマークを象徴とするこのStudioは、工場内に設けられた自由な制作の場であり、Kågeをはじめ、Stig Lindberg(スティグ・リンドベリ)やBerndt Friberg(ベルント・フリーベリ)らが、それぞれ独自の制作に取り組める環境が整えられました。芸術陶器やファイアンスの制作を通じて、Gustavsbergの芸術表現を担う重要な拠点となりました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eまた、中国陶磁や日本の民藝にも深い関心を寄せ、素材、釉薬、形の関係を探る姿勢は、生涯にわたる制作にも反映されました。1952年には濱田庄司や柳宗悦がGustavsbergを訪れ、1956年にはKåge自身も日本を訪問。益子で濱田庄司のもとに滞在するなど、日本の陶芸文化と深い関係を築き、交流を深めました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e1925年のパリ万博で2部門でのグランプリ、1949年にスウェーデン国王より優れた芸術的功績に対して授与されるPrince Eugen Medalを受章。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e","brand":"WILHELM KÅGE","offers":[{"title":"BLUE \/ KAGE049","offer_id":49722740080880,"sku":null,"price":11000.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/KAGE049_1.jpg?v=1778673840"}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/collections\/TOP_KAGE_ARGENTA.jpg?v=1779175669","url":"https:\/\/elephant-life.com\/collections\/wilhelm-kage.oembed","provider":"ELEPHANT","version":"1.0","type":"link"}