{"product_id":"anhv015","title":"BOWL","description":"\u003cdiv class=\"item-description\"\u003e\n  \u003cp\u003eAnnikki Hovisaari(アンニッキ・ホヴィサーリ)によって、ARABIAの応用芸術部門在籍時に制作された作品。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e低く立ち上がった円形の器で、外側にはマットな茶系の釉薬を施し、見込みにはターコイズブルーと黒褐色の釉薬が重ねて施されています。黒褐色の釉薬が表面に現れた部分はマットな質感となり、細かな貫入や釉薬の濃淡によって、水面に映る風景のような幻想的な表情をつくっています。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e作品裏には、手書きで『ARABIA AH』が記されています。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e※目立つダメージなく良い状態です。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\u003c!-- 下段：ANNIKKI HOVISAARI 基本コード --\u003e\n\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n  \u003ch3\u003e\u003cstrong\u003eANNIKKI HOVISAARI｜アンニッキ・ホヴィサーリ｜1918–2004｜FINLAND\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n  \u003cp\u003eAnnikki Hovisaari(アンニッキ・ホヴィサーリ)は、フィンランドの女性陶芸家・デザイナー。中央美術工芸学校では、Elsa Elenius(エルサ・エレニウス)のもとで陶芸を学び、卒業後、1949年にARABIAにデザイナーとして加わりました。Olga Osol(オルガ・オソル)が率いる応用芸術部門でテーブルウェアや装飾陶器などさまざまな製品のデザインを担当。1950年代からは轆轤によるユニークピースの制作にも取り組み、展覧会への出品と並行してヨーロッパ各地を訪れ研鑽を重ねました。\u003c\/p\u003e\n  \u003cp\u003e1962年にイタリアで開かれた国際コンペティションで一等賞を受賞。その後、ヘルシンキのARABIAのショールームで初個展を開催しました。1963年からは芸術部門へ移り、アーティストとして1975年まで制作活動を続けました。粗いシャモット土の質感を生かし、轆轤目を残した力強い造形やマットな釉薬を組み合わせた作品を多く残しています。また、コバルトブルーやグリーン、ターコイズ系の釉薬を用いた作品も手がけました。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\n\n\u003c!-- 下段：ARABIA 基本コード --\u003e\n\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n  \u003ch3\u003e\u003cstrong\u003eARABIA｜アラビア｜1873–｜FINLAND\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp\u003eArabiaは1873年、ヘルシンキ郊外のアラビア地区にスウェーデンの陶磁器メーカー Rörstrand（ロールストランド）の子会社として設立され、翌1874年に操業を開始しました。1916年にはRörstrandの資本から離れ、フィンランド企業として独立します。1929年には全長112メートルにおよぶ当時世界最大級のトンネル窯が導入され、生産の効率化と大量生産体制が確立されました。これによりArabiaはヨーロッパ有数の陶磁器工場へと発展していきます。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e1932年にはKurt Ekholm（クルト・エクホルム）がアートディレクターに就任し、Arabiaにおける芸術活動を芸術部門として組織化。作家のための制作環境を整え、プロダクトとアートピースを並行して発展させる体制を築きました。Arabiaの大きな特徴は、芸術部門、応用芸術部門、プロダクトデザイン部門という三つの分野が相互に関わりながら製品開発を行ってきたことにあります。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e芸術部門にはToini Muona（トイニ・ムオナ）、Friedl Kjellberg（フリードル・チェルベリ）、Michael Schilkin（ミカエル・シルキン）、Birger Kaipiainen（ビルガー・カイピアイネン）、Rut Bryk（ルート・ブリュック）、Kyllikki Salmenhaara（キーリッキ・サルメンハーラ）らが参加。その作品は1930年代から国際的な評価を獲得し、Arabiaの文化的側面を担うとともに、フィンランド陶芸の発展に重要な役割を果たしました。1940年代にはFriedl Kjellbergが蛍手の技法を用いたRice Porcelainを開発。1950年から量産が開始され、1974年まで続くロングセラーとなり、Arabiaを代表する芸術磁器として国際的に高い評価を受けました。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003eEkholmは1930年代に北欧で広がった機能主義の流れを背景に、1935年にテーブルウェアARシリーズ（SINIVALKO）を発表し、後の北欧モダンデザインの方向性を示しました。1945年にはKaj Franck（カイ・フランク）がデザイナーとして入社し、Kaarina Aho（カーリナ・アホ）やUlla Procopé（ウラ・プロコペ）らとともにプロダクトデザインの刷新を進めました。1953年に発表されたKiltaシリー\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e","brand":"ANNIKKI HOVISAARI","offers":[{"title":"BLUE \/ ANHV015","offer_id":48601163727088,"sku":null,"price":33000.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/ANHV015_1.jpg?v=1765971084","url":"https:\/\/elephant-life.com\/products\/anhv015","provider":"ELEPHANT","version":"1.0","type":"link"}