{"product_id":"arab557","title":"SQUARE DISH(BLACK) HF","description":"\u003cdiv class=\"black-text-01\"\u003e\n\u003cp\u003eKaarina Aho(カーリナ・アホ)によってデザインされたHFモデルの角皿。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eKaj Franck(カイ・フランク)のKILTAシリーズの基本理念を踏襲しデザインで、KILTAシリーズの角皿と比べると、立ち上がりの角度がより垂直に近いフォルム。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eこれは、木製トレーに複数を並べたオードブル皿としてデザインされており、並べた際の収まりを考慮してのことと思われます。1958年から1964年に製造されました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e※目立つダメージなく良い状態です。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\n\u003c!-- 下段：KAARINA AHO 基本コード --\u003e\n\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n  \u003ch3\u003e\u003cstrong\u003eKAARINA AHO｜カーリナ・アホ｜1925–1990｜FINLAND\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp\u003eKaarina Aho（カーリナ・アホ）はフィンランドの女性陶芸家、デザイナー。祖父に国民的作家Juhani Aho（ユハニ・アホ）、祖母に芸術家Venny Soldan-Brofeldt（ヴェニー・ソルダン・ブロフェルト）をもつ、文化的に著名な家系に生まれました。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e中央美術工芸学校を卒業後、1946年からKaj Franck（カイ・フランク）の最初のアシスタントとしてアラビアのプロダクトデザイン部門に加わり、1949年から1962年までデザイナーとして数多くのプロダクトをデザインしました。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e1957年のミラノ・トリエンナーレでは、BLモデルのモカカップがゴールドメダルを受賞しています。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003eアラビア在籍当初は大量生産品の装飾などの職務に満足できず辞職を申し出ましたが、それは認められず、代わりに研究所から釉薬部門まで工場内のほぼすべての部署を経験することに。その過程で培われた幅広い知識と技術は、その後の制作の基盤となりました。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003eArabiaではプロダクトデザインに携わる一方で、ろくろによる一点物の制作にも取り組み、自身の展覧会も開催しました。1962年にArabiaを離れたのちも、自身の工房で制作を続け、豊かな釉薬表現をもつ作品を数多く生み出しました。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\n\u003c!-- 下段：ARABIA 基本コード --\u003e\n\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n  \u003ch3\u003e\u003cstrong\u003eARABIA｜アラビア｜1873–｜FINLAND\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp\u003eArabiaは1873年、ヘルシンキ郊外のアラビア地区にスウェーデンの陶磁器メーカー Rörstrand（ロールストランド）の子会社として設立され、翌1874年に操業を開始しました。1916年にはRörstrandの資本から離れ、フィンランド企業として独立します。1929年には全長112メートルにおよぶ当時世界最大級のトンネル窯が導入され、生産の効率化と大量生産体制が確立されました。これによりArabiaはヨーロッパ有数の陶磁器工場へと発展していきます。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e1932年にはKurt Ekholm（クルト・エクホルム）がアートディレクターに就任し、Arabiaにおける芸術活動を芸術部門として組織化。作家のための制作環境を整え、プロダクトとアートピースを並行して発展させる体制を築きました。Arabiaの大きな特徴は、芸術部門、応用芸術部門、プロダクトデザイン部門という三つの分野が相互に関わりながら製品開発を行ってきたことにあります。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e芸術部門にはToini Muona（トイニ・ムオナ）、Friedl Kjellberg（フリードル・チェルベリ）、Michael Schilkin（ミカエル・シルキン）、Birger Kaipiainen（ビルガー・カイピアイネン）、Rut Bryk（ルート・ブリュック）、Kyllikki Salmenhaara（キーリッキ・サルメンハーラ）らが参加。その作品は1930年代から国際的な評価を獲得し、Arabiaの文化的側面を担うとともに、フィンランド陶芸の発展に重要な役割を果たしました。1940年代にはFriedl Kjellbergが蛍手の技法を用いたRice Porcelainを開発。1950年から量産が開始され、1974年まで続くロングセラーとなり、Arabiaを代表する芸術磁器として国際的に高い評価を受けました。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003eEkholmは1930年代に北欧で広がった機能主義の流れを背景に、1935年にテーブルウェアARシリーズ（SINIVALKO）を発表し、後の北欧モダンデザインの方向性を示しました。1945年にはKaj Franck（カイ・フランク）がデザイナーとして入社し、Kaarina Aho（カーリナ・アホ）やUlla Procopé（ウラ・プロコペ）らとともにプロダクトデザインの刷新を進めました。1953年に発表されたKiltaシリーズは、シンプルな幾何学フォルムと多用途性を特徴とする革新的なモダンデザインのテーブルウェアとして大きな成功を収めました。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003eArabiaは1930年代から数多くの受賞歴を誇りますが、特に1950年代のミラノ・トリエンナーレ（1951・1954・1957）では、芸術部門の作家の作品に加えデザイナーによるプロダクトも数多く受賞し、世界的な評価を確立しました。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e","brand":"KAARINA AHO","offers":[{"title":"BLACK \/ ARAB557","offer_id":48641414168816,"sku":null,"price":6050.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/ARAB557_1_4210a1dd-e7fe-4f25-a30c-79ae442a3ef3.jpg?v=1777718347","url":"https:\/\/elephant-life.com\/products\/arab557","provider":"ELEPHANT","version":"1.0","type":"link"}