{"product_id":"fhkj072","title":"\"GLAZING EXPERIMENTS\" BOWL","description":"\u003cdiv class=\"item-description\"\u003e\n\u003cp\u003eArabia(アラビア)の芸術部門に所属したアーティスト、Friedl Kjellberg(フリードル・チェルベリ)による小ぶりな器。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e「釉薬の実験」と題した作品で、1956年から1961年にかけて制作されました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e内側にはターコイズを帯びた淡い釉薬を背景に、赤いオックスブラッドの釉薬が見込みに濃く溜まり、そこから輪を描くように不規則に広がっています。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e外側には刷毛で塗られたマットな黒茶の釉薬が施されています。色彩に加え、艶のある内側とマットな外側の質感の対比も印象的な作品。白く残された口縁部が軽快さを生み、アクセントとなっています。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e底面の素地に『ARABIA -F.H.Kj- FINLAND』とサインが彫られています。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e※縁の内側上部から外側の白い部分にかけてヘアライン状のヒビがあります。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\u003c!-- 下段：FRIEDL KJELLBERG 基本コード --\u003e\n\u003cdiv style=\"margin-top: 48px;\" class=\"black-text-01\"\u003e\n\u003ch3\u003e\u003cstrong\u003eFRIEDL HOLZER-KJELLBERG(フリードル・ホルツァー・チェルベリ)｜1905–1993｜AUSTRIA\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n\u003cp\u003eFriedl Holzer-Kjellberg(フリードル・ホルツァー・チェルベリ)は、オーストリア出身の女性陶芸家。オーストリアの美術工芸学校で陶芸を学び、卒業後の1924年からArabia(アラビア)で陶芸家としてのキャリアをスタートさせました。1932年にKurt Ekholm(クルト・エクホルム)により組織化され、翌1933年にEkholmがディレクターに就任することで、部門としての体制が確立されたArabiaの芸術部門の初期からのメンバーで、1948年から1950年まではディレクターも務めました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e46年間所属したArabiaでは、主に芸術部門のアーティストとして作品制作を行う傍ら、代表作として広く知られるRice Porcelainの制作と発展にも取り組みました。Rice Porcelainは独立した部門が設けられるほど大きな成功を収め、1930年代から試作が重ねられたのち、1942年に最初の作品が発表されました。その後、量産化の技術が確立され、1950年から1974年まで製造されるArabiaを象徴する芸術磁器として国際的に高く評価されました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e芸術部門での作品は、中国陶磁、とりわけ宋代の陶磁に着想を得た端正でシンプルな造形と、セラドン(青磁釉)、オックスブラッド(辰砂釉)、ターコイズブルーなどによる気品ある釉薬表現を特徴としています。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e1935年のブリュッセル万博でゴールドメダル、1937年のパリ万博でシルバーメダルを受賞したほか、ミラノ・トリエンナーレでも1933年にシルバーメダル、1954年にゴールドメダルを受賞。さらに、1962年には芸術的功績によりプロ・フィンランディアメダルを授与されました。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\u003c!-- 下段：ARABIA 基本コード --\u003e\n\u003cdiv style=\"margin-top: 48px;\" class=\"black-text-01\"\u003e\n\u003ch3\u003eARABIA｜アラビア｜1873 –｜FINLAND\u003c\/h3\u003e\n\u003cp class=\"ex-text-01\"\u003eArabiaは1873年、ヘルシンキ郊外のアラビア地区にスウェーデンの陶磁器メーカー Rörstrand（ロールストランド）の子会社として設立され、翌1874年に操業を開始しました。 1916年にはRörstrandの資本から離れ、フィンランド企業として独立します。\u003c\/p\u003e\n\u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e1929年には全長112メートルにおよぶ当時世界最大級のトンネル窯が導入され、 生産の効率化と大量生産体制が確立されました。 これによりArabiaはヨーロッパ有数の陶磁器工場へと発展していきます。\u003c\/p\u003e\n\u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e1932年にはKurt Ekholm（クルト・エクホルム）がアートディレクターに就任し、 Arabiaにおける芸術活動を芸術部門として組織化。 作家のための制作環境を整え、プロダクトとアートピースを並行して発展させる体制を築きました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp class=\"ex-text-01\"\u003eArabiaの大きな特徴は、芸術部門、応用芸術部門、プロダクトデザイン部門という 三つの分野が相互に関わりながら製品開発を行ってきたことにあります。\u003c\/p\u003e\n\u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e芸術部門にはToini Muona（トイニ・ムオナ）、Friedl Kjellberg（フリードル・チェルベリ）、 Michael Schilkin（ミカエル・シルキン）、Birger Kaipiainen（ビルガー・カイピアイネン）、 Rut Bryk（ルート・ブリュック）、Kyllikki Salmenhaara（キーリッキ・サルメンハーラ）らが参加。 その作品は1930年代から国際的な評価を獲得し、Arabiaの文化的側面を担うとともに、 フィンランド陶芸の発展に重要な役割を果たしました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e1940年代にはFriedl Kjellbergが蛍手の技法を用いたRice Porcelainを開発。 1950年から量産が開始され、1974年まで続くロングセラーとなり、 Arabiaを代表する芸術磁器として国際的に高い評価を受けました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp class=\"ex-text-01\"\u003eEkholmは1930年代に北欧で広がった機能主義の流れを背景に、 1935年にテーブルウェアARシリーズ（SINIVALKO）を発表し、 後の北欧モダンデザインの方向性を示しました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp class=\"ex-text-01\"\u003e1945年にはKaj Franck（カイ・フランク）がデザイナーとして入社し、 Kaarina Aho（カーリナ・アホ）やUlla Procopé（ウラ・プロコペ）らとともに プロダクトデザインの刷新を進めました。 1953年に発表されたKiltaシリーズは、シンプルな幾何学フォルムと多用途性を特徴とする 革新的なモダンデザインのテーブルウェアとして大きな成功を収めました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp class=\"ex-text-01\"\u003eArabiaは1930年代から数多くの受賞歴を誇りますが、特に1950年代の ミラノ・トリエンナーレ（1951・1954・1957）では、 芸術部門の作家の作品に加えデザイナーによるプロダクトも数多く受賞し、 世界的な評価を確立しました。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e","brand":"FRIEDL KJELLBERG","offers":[{"title":"RED \/ FHKJ072","offer_id":50091767562480,"sku":null,"price":38500.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/FHKJ072_1.jpg?v=1784954227","url":"https:\/\/elephant-life.com\/products\/fhkj072","provider":"ELEPHANT","version":"1.0","type":"link"}