{"product_id":"kaho015","title":"GOBLET","description":"\u003cdiv class=\"item-description\"\u003e\n  \u003cp\u003eKaarina Aho(カーリナ・アホ)によって、自身の工房で轆轤により制作された器。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003eArabia在籍時はデザインをするだけでなく、研究所から釉薬部門まで工場内のほぼすべての部署を経験し、その過程で培われた幅広い知識と技術は、その後の制作活動の基盤となりました。1950年代後半には轆轤成形による実用陶器も手掛け、多彩な釉薬を用いた一点物を展覧会で発表しています。1962年にArabiaを離れた後、同年に自身の陶芸工房を設立し、制作を続けました。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003eこちらは、轆轤で成形した二つのカップを底面同士で接合した作品。\nサインは手書きで『AHO』、また不鮮明ながら『MADE IN FINLAND』のスタンプが確認できます。希少なもの。\n\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e※目立つダメージなく良い状態です。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\u003c!-- 下段：KAARINA AHO 基本コード --\u003e\n\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top: 48px;\"\u003e\n\u003ch3\u003e\u003cstrong\u003eKAARINA AHO｜カーリナ・アホ｜1925–1990｜FINLAND\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n\u003cp\u003eKaarina Aho(カーリナ・アホ)はフィンランドの陶芸家、デザイナー。祖父に国民的作家Juhani Aho(ユハニ・アホ)、祖母に芸術家Venny Soldan-Brofeldt(ヴェニー・ソルダン＝ブロフェルト)をもつ文化的に著名な家系に生まれました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eヘルシンキの中央美術工芸学校を卒業後、1946年からKaj Franck(カイ・フランク)の最初のアシスタントのひとりとしてArabia(アラビア)のモデルデザイン部門に加わり、1949年から1962年までデザイナーとして数多くのプロダクトを手がけました。Kaj FranckがデザインしたKiltaシリーズを補完するアイテムを担当したほか、4つのテーブルウェアシリーズを手がけ、その中でも器を積み重ねるとひとつの大きな円錐形を形成するPalapeliシリーズは代表作として知られています。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eArabia在籍当初は装飾などの仕事に満足できず辞職を申し出ましたが、それは認められず、代わりに研究所から釉薬部門まで工場内のほぼすべての部署を経験することになりました。その過程で培われた幅広い知識と技術は、その後の制作活動の基盤となりました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eArabiaではプロダクトデザインに携わる一方で、1950年代後半には轆轤成形による実用陶器の制作にも取り組み、多彩な釉薬を施した一点物を展覧会で発表しました。1962年にArabiaを離れたのち、同年に自身の陶芸工房を設立し、制作を続けました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eミラノ・トリエンナーレでは、1954年にMunakana、1957年にBLモデルのモカカップでそれぞれシルバーメダルを受賞するなど、受賞歴多数。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\u003c!-- 下段：ARABIA 基本コード --\u003e\n\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top: 48px;\"\u003e\n\u003ch3\u003e\u003cstrong\u003eARABIA｜アラビア｜1873–｜FINLAND\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n\u003cp\u003eArabiaは1873年、ヘルシンキ郊外のアラビア地区にスウェーデンの陶磁器メーカー Rörstrand（ロールストランド）の子会社として設立され、翌1874年に操業を開始しました。1916年にはRörstrandの資本から離れ、フィンランド企業として独立します。1929年には全長112メートルにおよぶ当時世界最大級のトンネル窯が導入され、生産の効率化と大量生産体制が確立されました。これによりArabiaはヨーロッパ有数の陶磁器工場へと発展していきます。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e1932年にはKurt Ekholm（クルト・エクホルム）がアートディレクターに就任し、Arabiaにおける芸術活動を芸術部門として組織化。作家のための制作環境を整え、プロダクトとアートピースを並行して発展させる体制を築きました。Arabiaの大きな特徴は、芸術部門、応用芸術部門、プロダクトデザイン部門という三つの分野が相互に関わりながら製品開発を行ってきたことにあります。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e芸術部門にはToini Muona（トイニ・ムオナ）、Friedl Kjellberg（フリードル・チェルベリ）、Michael Schilkin（ミカエル・シルキン）、Birger Kaipiainen（ビルガー・カイピアイネン）、Rut Bryk（ルート・ブリュック）、Kyllikki Salmenhaara（キーリッキ・サルメンハーラ）らが参加。その作品は1930年代から国際的な評価を獲得し、Arabiaの文化的側面を担うとともに、フィンランド陶芸の発展に重要な役割を果たしました。1940年代にはFriedl Kjellbergが蛍手の技法を用いたRice Porcelainを開発。1950年から量産が開始され、1974年まで続くロングセラーとなり、Arabiaを代表する芸術磁器として国際的に高い評価を受けました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eEkholmは1930年代に北欧で広がった機能主義の流れを背景に、1935年にテーブルウェアARシリーズ（SINIVALKO）を発表し、後の北欧モダンデザインの方向性を示しました。1945年にはKaj Franck（カイ・フランク）がデザイナーとして入社し、Kaarina Aho（カーリナ・アホ）やUlla Procopé（ウラ・プロコペ）らとともにプロダクトデザインの刷新を進めました。1953年に発表されたKiltaシリーズは、シンプルな幾何学フォルムと多用途性を特徴とする革新的なモダンデザインのテーブルウェアとして大きな成功を収めました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eArabiaは1930年代から数多くの受賞歴を誇りますが、特に1950年代のミラノ・トリエンナーレ（1951・1954・1957）では、芸術部門の作家の作品に加えデザイナーによるプロダクトも数多く受賞し、世界的な評価を確立しました。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e","brand":"KAARINA AHO","offers":[{"title":"WHITE \/ KAHO015","offer_id":50293085634800,"sku":null,"price":27500.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/KAHO015_1_cd419abb-c6f4-4227-b6e6-e7fd56c14100.jpg?v=1787380768","url":"https:\/\/elephant-life.com\/products\/kaho015","provider":"ELEPHANT","version":"1.0","type":"link"}