{"product_id":"spmc197","title":"VASE","description":"\u003cdiv class=\"item-description\"\u003e\n  \u003cp\u003eSigne Persson-Melin(シグネ・ペーション・メリン)によるストーンウェア製の花器。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e丸みを残した肩から角のある胴部へとつながるフォルムは、轆轤成形したのち、胴部を四角く叩いて整えられています。1950年代末から1960年代にかけて彼女が展開した、丸みと角ばった形の緊張感を生かした作品のひとつです。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e内側と外側の上部のみに黒釉を施し、土の質感と釉薬の対比を生かした仕上げは、彼女の工房作品に見られる特徴のひとつです。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e底面には手書きの『SPM』サインに加え、『1S 1HS』と、土や釉薬の配合を示すと思われる記号が刻まれています。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e1955年以降、マルメの自身の工房で制作された試作品または展示用のユニークピースと推測されます。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e※目立つダメージなく良い状態です。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e\n\n\u003cdiv class=\"black-text-01\" style=\"margin-top:48px;\"\u003e\n  \u003ch3\u003e\u003cstrong\u003eSIGNE PERSSON-MELIN｜シグネ・ペーション・メリン｜1925-2022｜SWEDEN\u003c\/strong\u003e\u003c\/h3\u003e\n\n  \u003cp\u003eSigne Persson-Melin(シグネ・ペーション・メリン)は、スウェーデンを代表する女性陶芸家・デザイナーのひとり。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e1944年、ストックホルムのTekniska skolan(現 Konstfack)の陶芸科で学び始めますが、より直接的に土と向き合う環境を求めて休学し、1946年からコペンハーゲンのKunsthåndværkerskolenへ進みました。1947年にはSaxbo(サックスボ)でNatalie Krebs(ナタリー・クレブス)のもと実習を行い、1948年にはイギリスへ渡り、Lucie Rie(ルーシー・リー)のもとを訪れ、セント・アイヴスにあったBernard Leach(バーナード・リーチ)の工房も訪問しました。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e1949年にTekniska skolanを卒業後、マルメに自身の工房を設立し、1951年にはデンマーク人の轆轤職人Ernst Christensen(エルンスト・クリステンセン)を迎えて制作体制を整えました。1953年、ストックホルムのGalerie Moderneで、テキスタイルデザイナーのIngrid Dessau(イングリッド・デッサウ)とともに初めての展覧会を開催。展覧会は高い評価を受け、この経験は二人にとって作家としての大きな転機となりました。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e1952年には、ヨーテボリのRöhsska美術館で開催された工芸展に参加し、Arabia(アラビア)でディレクターとして活躍したのち、ヨーテボリで活動していたKurt Ekholm(クルト・エクホルム)から高い評価を受けました。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e1955年にアートディレクターのJohn Melin(ジョン・メリン)と結婚。同年には、北欧のモダンデザインを語る上で最も重要な展示のひとつであるヘルシンボリ開催のH55展に参加。コルク蓋、刻印された文字、手仕事の跡を残した質感を組み合わせたスパイスジャーは、大きな注目を集めました。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e1950年代後半には、夫のJohn Melinの盟友でもあった芸術家・デザイナーのAnders Österlin(アンダース・オスタリン)と協働したマルメのプール施設やストックホルム地下鉄T-Centralen駅、Gustavsberg(グスタフスベリ)でも活躍した芸術家Anders Bruno Liljefors(アンダース・ブルーノ・リルジェホルス)と協働したFolkets husなど、公共空間のための陶壁や装飾にも取り組みました。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e1966年に工房を閉じた後、フリーランスデザイナーとして、1967年にグラスシリーズ『Ruben』を手がけたことをきっかけに、Boda(ボダ)でガラスプロダクトのデザインに取り組みました。1971年には、Bodaの新たなブランドであるBoda Nova(ボダ・ノヴァ)の立ち上げに、夫のJohn Melinとともにコンセプト段階から参加。耐熱ガラスやストーンウェアを含むプロダクトを通じて、当時の暮らしに応じた新しい食卓のあり方を提示しました。その後もRörstrand(ロールストランド)、Höganäs Keramik(ホガナス・ケラミック)、Gustavsberg、Design House Stockholm(デザインハウス・ストックホルム)、Svenskt Tenn(スベンスク・テン)など、スウェーデンの主要メーカーで多くのプロダクトを手がけました。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e陶磁器、ガラス、コルク、ステンレス、アルミニウムなど、素材を横断しながら、工芸から工業デザインまで活動の幅を広げました。特に陶磁器においては、土の表情を残しながら釉薬を施す構成、刻印やレリーフによる表面処理、丸みと角ばった形の組み合わせが、初期作品からプロダクト、晩年の作品まで繰り返し展開されています。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e1986年には、Konstfackの陶芸・ガラス部門において、スウェーデン初の教授に就任。1999年には地元マルメに制作拠点を戻し、晩年まで精力的に活動を続けました。\u003c\/p\u003e\n\n  \u003cp\u003e1958年にLunning Prize(ルニング賞)、1973年にGregor Paulsson Prize(グレゴール・ポウルソン賞)、2001年にPrins Eugen Medal(プリンス・エウシェン・メダル)を受賞するなど、受賞歴多数。\u003c\/p\u003e\n\u003c\/div\u003e","brand":"SIGNE PERSSON-MELIN","offers":[{"title":"BROWN \/ SPMC197","offer_id":49867675926768,"sku":null,"price":38500.0,"currency_code":"JPY","in_stock":true}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0786\/5761\/8160\/files\/SPMC197_1.jpg?v=1782121968","url":"https:\/\/elephant-life.com\/products\/spmc197","provider":"ELEPHANT","version":"1.0","type":"link"}