SAARA HOPEA

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      SAARA HOPEA|サーラ・ホペア|1925–1984|FINLAND

      Saara Hopea(サーラ・ホペア)は、ガラスを中心に幅広い分野で活躍したフィンランドの女性デザイナー。
      ヘルシンキの中央美術工芸学校でインテリアを専攻。卒業後は家具デザイナーとしてキャリアをスタートさせ、その後Taito社でPaavo Tynell(パーヴォ・ティネル)のもと製図工として勤務しました。

      1951年、Kaj Franck(カイ・フランク)の誘いにより、Taito社に籍を置きつつ、フリーのインテリアデザイナーとしてWärtsilä社(ArabiaとNuutajärviの親会社)のギャラリー/ショールームの家具および空間デザインを手がけました。その卓越した仕事ぶりが評価され、1952年にNuutajärviのデザイナーに抜擢されました。

      Kaj Franckとともに、戦後の新たな生活のための必需品をデザインするという共通理念のもと、数多くのプロダクトやアートピースを手がけました。さらに、パッケージやロゴ、展示空間、Arabiaでのエナメル製品のデザインなど、その活動は多岐にわたります。Nuutajärviの魚のトレードマークでは、Kaj Franckのラフスケッチをもとに最終図案を担当し、また、パッケージデザインでも高い評価を受けました。

      1959年に父の工房を継ぐこととなりNuutajärviを去りますが、7年という短い在籍期間にもかかわらず、ガラスデザイナーとしての功績は高く評価されています。

      1959年より金細工工房Ossian Hopeaにてジュエリーデザインを手がけ、1960年の結婚後は夫とともにニューヨークへ移り、エナメル細工のデザインにも取り組みました。その後、1963年からネパールやインドで暮らし、テキスタイルなどのデザインを行いました。1967年にフィンランドへ帰国し、1982年までジュエリーデザインを続けました。ジュエリーもまた、彼女にとって重要な活動のひとつとなりました。

      綿密な図面に裏打ちされた合理的なデザイン力と洗練された色彩感覚、そして幅広い領域にわたって発揮された卓越したセンスは、Saara Hopeaの仕事を一貫して特徴づけるものです。

      1954年と1957年には、ミラノ・トリエンナーレでシルバーメダルを受賞。

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