GUNNEL NYMAN

    絞り込み方法

      GUNNEL NYMAN|グンネル・ニューマン|1909-1948|FINLAND

      Gunnel Nyman(グンネル・ニューマン)は、フィンランドのガラスデザインの新時代を切り開いたパイオニア。中央美術工芸学校で家具デザインを専攻し、フィンランドのデザイン界の指導的立場にあったArttu Brummer(アルツ・ブルマー)に師事。在学中より多数のコンペに参加し入賞を重ね、デザイナーとして華々しいスタートを切りました。

      卒業後はフリーランスのデザイナーとして、フィンランドの主要ガラスメーカー全て(Riihimäki、Karhula、Iittala、Nuutajärvi)にデザインを提供。また、フィンランド照明デザイン界の第一人者であるPaavo Tynell(パーヴォ・ティネル)との共作など、多くの照明器具や家具も手がけています。

      学生時代から非常に親しい友人であったテキスタイルデザイナーDora Jung(ドラ・ユング)とは、生涯にわたり深い交流を続けました。1938年には「Textiles, Glass, Furniture」展、1947年にはArtekでの合同展を開催。戦後フィンランド・デザインを牽引する存在として、ともに国内外で高い評価を受けました。

      特筆すべきは、工房を制作の場とし、ガラス職人と緊密に協働しながら作品を生み出すという、後のフィンランド・ガラスデザインを特徴づける制作環境を切り開いた先駆的な存在でもあったことです。展覧会において制作に携わった職人の名を明記した点にも、その協働の姿勢がよく表れています。

      異なる分野で国際展に入賞するなど早くから注目を浴びた才能あふれるデザイナーでしたが、1948年に39歳という若さで逝去。1950年代に世界的な評価を確立するフィンランドのモダンデザイン、とりわけガラスデザインの基盤を築き、Tapio Wirkkala(タピオ・ヴィルカラ)やKaj Franck(カイ・フランク)、Timo Sarpaneva(ティモ・サルパネヴァ)など、後の多くのデザイナーに大きな影響を及ぼしました。

      1933年のミラノ・トリエンナーレでブロンズメダル、1937年のパリ万博でゴールドメダルとシルバーメダルを受賞。さらに没後の1951年のミラノ・トリエンナーレでは、ゴールドメダルを受賞しています。

      1 Items