Item No. :KYSL032
Designer:KYLLIKKI SALMENHAARA
Maker:ARABIA
Size :H:92mm φ:82mm
こちらは、ARABIAの芸術部門で制作された作品。
複数の釉薬を用い、フィンランドのランドスケープを描いたようなマグ。
釉薬や作風より1957年ごろの作品と推測されます。
サインは『ARABIA KS』。
希少なもの。
※目立つダメージなく良い状態です。
KYLLIKKI SALMENHAARA|キーリッキ・サルメンハーラ|1915–1981|FINLAND
Kyllikki Salmenhaara(キーリッキ・サルメンハーラ)は、卓越した轆轤技術を芸術の域へと高めた、 20世紀フィンランド陶芸を代表する最も優れた陶芸家の一人です。 生涯にわたり陶芸の研究と教育に尽力しました。
1938年から中央美術工芸学校でElsa Elenius(エルサ・エレニウス)のもと陶芸を専攻。 在学中から学内コンテストで最優秀賞を受賞するなど、早くからその才能を示していました。
卒業後は3年間、Kauklahti Glassworks(カウクラハティ・ガラス工場)でガラスデザイナーとして働き、 1946年にはデンマークのSaxbo(サクスボ)で釉薬研究を学び、 釉薬化学者として知られるNathalie Krebs(ナタリー・クレブス)の指導を受けました。 ここで培われた釉薬研究の経験は、後の彼女の作品に見られる独特の釉薬表現の基礎となりました。
その後Sakari Vapaavuori(サカリ・ヴァーパヴオリ)のスタジオを経て、 1947年にArabia(アラビア)へ入社しました。 当初は応用美術部門の責任者であったOlga Osol(オルガ・オソル)のアシスタントとして働いていましたが、 1950年に美術部門へ移籍し、1961年まで在籍しました。 陶土や釉薬の組成、焼成などの研究を進めながら、 素材の質感を活かした釉薬表現と轆轤による力強い造形を特徴とする作品を生み出しました。
1956年にはアメリカに滞在し、当時発展しつつあったスタジオ・セラミックスの動向に触れたことが、 その後の自由で力強い造形表現へとつながったとされています。
彼女の作品は国際的にも高く評価され、ミラノ・トリエンナーレでは 1951年に銀メダル、1954年に名誉賞、1957年にグランプリ、1960年に金メダルを受賞し、 出品したすべての回で受賞を果たしました。
制作中、粘土に混入していた刃物で指を負傷する事故をきっかけにArabiaを去り、 1961年から台湾の大学で陶芸教育に携わりました。 1963年から亡くなる1981年まで芸術デザイン学校およびヘルシンキ芸術デザイン大学で 教育者・研究者として活動しました。
1974年には長年の研究と経験をまとめた著書『Keramiikka』を刊行。 陶芸材料、轆轤技術、土や釉薬の調合、焼成などを体系的にまとめたこの書籍は、 フィンランドの陶芸教育と研究に大きな影響を与えました。
その作品と研究、教育活動を通じて、 Salmenhaaraは20世紀フィンランド陶芸に大きな足跡を残しました。
ARABIA|アラビア|1873 –|FINLAND
Arabiaは1873年、ヘルシンキ郊外のアラビア地区にスウェーデンの陶磁器メーカー Rörstrand(ロールストランド)の子会社として設立され、翌1874年に操業を開始しました。 1916年にはRörstrandの資本から離れ、フィンランド企業として独立します。
1929年には全長112メートルにおよぶ当時世界最大級のトンネル窯が導入され、 生産の効率化と大量生産体制が確立されました。 これによりArabiaはヨーロッパ有数の陶磁器工場へと発展していきます。
1932年にはKurt Ekholm(クルト・エクホルム)がアートディレクターに就任し、 Arabiaにおける芸術活動を芸術部門として組織化。 作家のための制作環境を整え、プロダクトとアートピースを並行して発展させる体制を築きました。
Arabiaの大きな特徴は、芸術部門、応用芸術部門、プロダクトデザイン部門という 三つの分野が相互に関わりながら製品開発を行ってきたことにあります。
芸術部門にはToini Muona(トイニ・ムオナ)、Friedl Kjellberg(フリードル・チェルベリ)、 Michael Schilkin(ミカエル・シルキン)、Birger Kaipiainen(ビルガー・カイピアイネン)、 Rut Bryk(ルート・ブリュック)、Kyllikki Salmenhaara(キーリッキ・サルメンハーラ)らが参加。 その作品は1930年代から国際的な評価を獲得し、Arabiaの文化的側面を担うとともに、 フィンランド陶芸の発展に重要な役割を果たしました。
1940年代にはFriedl Kjellbergが蛍手の技法を用いたRice Porcelainを開発。 1950年から量産が開始され、1974年まで続くロングセラーとなり、 Arabiaを代表する芸術磁器として国際的に高い評価を受けました。
Ekholmは1930年代に北欧で広がった機能主義の流れを背景に、 1935年にテーブルウェアARシリーズ(SINIVALKO)を発表し、 後の北欧モダンデザインの方向性を示しました。
1945年にはKaj Franck(カイ・フランク)がデザイナーとして入社し、 Kaarina Aho(カーリナ・アホ)やUlla Procopé(ウラ・プロコペ)らとともに プロダクトデザインの刷新を進めました。 1953年に発表されたKiltaシリーズは、シンプルな幾何学フォルムと多用途性を特徴とする 革新的なモダンデザインのテーブルウェアとして大きな成功を収めました。
Arabiaは1930年代から数多くの受賞歴を誇りますが、特に1950年代の ミラノ・トリエンナーレ(1951・1954・1957)では、 芸術部門の作家の作品に加えデザイナーによるプロダクトも数多く受賞し、 世界的な評価を確立しました。
こちらは、ARABIAの芸術部門で制作されたマグカップ。
1957年から1961年ごろの作品と推測されます。
サインは『ARABIA KS』。
※目立つダメージなく良い状態です。
KYLLIKKI SALMENHAARA|キーリッキ・サルメンハーラ|1915–1981|FINLAND
Kyllikki Salmenhaara(キーリッキ・サルメンハーラ)は、卓越した轆轤技術を芸術の域へと高めた、 20世紀フィンランド陶芸を代表する最も優れた陶芸家の一人です。 生涯にわたり陶芸の研究と教育に尽力しました。
1938年から中央美術工芸学校でElsa Elenius(エルサ・エレニウス)のもと陶芸を専攻。 在学中から学内コンテストで最優秀賞を受賞するなど、早くからその才能を示していました。
卒業後は3年間、Kauklahti Glassworks(カウクラハティ・ガラス工場)でガラスデザイナーとして働き、 1946年にはデンマークのSaxbo(サクスボ)で釉薬研究を学び、 釉薬化学者として知られるNathalie Krebs(ナタリー・クレブス)の指導を受けました。 ここで培われた釉薬研究の経験は、後の彼女の作品に見られる独特の釉薬表現の基礎となりました。
その後Sakari Vapaavuori(サカリ・ヴァーパヴオリ)のスタジオを経て、 1947年にArabia(アラビア)へ入社しました。 当初は応用美術部門の責任者であったOlga Osol(オルガ・オソル)のアシスタントとして働いていましたが、 1950年に美術部門へ移籍し、1961年まで在籍しました。 陶土や釉薬の組成、焼成などの研究を進めながら、 素材の質感を活かした釉薬表現と轆轤による力強い造形を特徴とする作品を生み出しました。
1956年にはアメリカに滞在し、当時発展しつつあったスタジオ・セラミックスの動向に触れたことが、 その後の自由で力強い造形表現へとつながったとされています。
彼女の作品は国際的にも高く評価され、ミラノ・トリエンナーレでは 1951年に銀メダル、1954年に名誉賞、1957年にグランプリ、1960年に金メダルを受賞し、 出品したすべての回で受賞を果たしました。
制作中、粘土に混入していた刃物で指を負傷する事故をきっかけにArabiaを去り、 1961年から台湾の大学で陶芸教育に携わりました。 1963年から亡くなる1981年まで芸術デザイン学校およびヘルシンキ芸術デザイン大学で 教育者・研究者として活動しました。
1974年には長年の研究と経験をまとめた著書『Keramiikka』を刊行。 陶芸材料、轆轤技術、土や釉薬の調合、焼成などを体系的にまとめたこの書籍は、 フィンランドの陶芸教育と研究に大きな影響を与えました。
その作品と研究、教育活動を通じて、 Salmenhaaraは20世紀フィンランド陶芸に大きな足跡を残しました。
ARABIA|アラビア|1873 –|FINLAND
Arabiaは1873年、ヘルシンキ郊外のアラビア地区にスウェーデンの陶磁器メーカー Rörstrand(ロールストランド)の子会社として設立され、翌1874年に操業を開始しました。 1916年にはRörstrandの資本から離れ、フィンランド企業として独立します。
1929年には全長112メートルにおよぶ当時世界最大級のトンネル窯が導入され、 生産の効率化と大量生産体制が確立されました。 これによりArabiaはヨーロッパ有数の陶磁器工場へと発展していきます。
1932年にはKurt Ekholm(クルト・エクホルム)がアートディレクターに就任し、 Arabiaにおける芸術活動を芸術部門として組織化。 作家のための制作環境を整え、プロダクトとアートピースを並行して発展させる体制を築きました。
Arabiaの大きな特徴は、芸術部門、応用芸術部門、プロダクトデザイン部門という 三つの分野が相互に関わりながら製品開発を行ってきたことにあります。
芸術部門にはToini Muona(トイニ・ムオナ)、Friedl Kjellberg(フリードル・チェルベリ)、 Michael Schilkin(ミカエル・シルキン)、Birger Kaipiainen(ビルガー・カイピアイネン)、 Rut Bryk(ルート・ブリュック)、Kyllikki Salmenhaara(キーリッキ・サルメンハーラ)らが参加。 その作品は1930年代から国際的な評価を獲得し、Arabiaの文化的側面を担うとともに、 フィンランド陶芸の発展に重要な役割を果たしました。
1940年代にはFriedl Kjellbergが蛍手の技法を用いたRice Porcelainを開発。 1950年から量産が開始され、1974年まで続くロングセラーとなり、 Arabiaを代表する芸術磁器として国際的に高い評価を受けました。
Ekholmは1930年代に北欧で広がった機能主義の流れを背景に、 1935年にテーブルウェアARシリーズ(SINIVALKO)を発表し、 後の北欧モダンデザインの方向性を示しました。
1945年にはKaj Franck(カイ・フランク)がデザイナーとして入社し、 Kaarina Aho(カーリナ・アホ)やUlla Procopé(ウラ・プロコペ)らとともに プロダクトデザインの刷新を進めました。 1953年に発表されたKiltaシリーズは、シンプルな幾何学フォルムと多用途性を特徴とする 革新的なモダンデザインのテーブルウェアとして大きな成功を収めました。
Arabiaは1930年代から数多くの受賞歴を誇りますが、特に1950年代の ミラノ・トリエンナーレ(1951・1954・1957)では、 芸術部門の作家の作品に加えデザイナーによるプロダクトも数多く受賞し、 世界的な評価を確立しました。
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