KURT EKHOLM

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      KURT EKHOLM|クルト・エクホルム|1907–1975|FINLAND

      Kurt Ekholm(クルト・エクホルム)は、Arabia(アラビア)で活動したデザイナー、アーティストであり、アートディレクターとしてArabiaの近代化に大きく貢献した最も重要な人物のひとりです。

      Kurt EkholmはストックホルムのTekniska Skolan(現Konstfack)で陶磁器デザインを学び、在学中にはRörstrand(ロールストランド)でインターンシップを経験しました。当時RörstrandのアートディレクターであったGunnar Nylund(グンナー・ニールンド)のもとで、ストーンウェアや機能主義的な制作環境に触れ、モダニズムへの関心を深めます。

      1931年に学業を終えてフィンランドへ戻ると、同年Arabiaでデザイナーとしてキャリアをスタート。1932年にはアートディレクターに任命され、1933年からは芸術部門の責任者として1948年までArabiaに在籍しました。

      デザイナーとしては、1935年のAHモデル、1936年のARモデル(Sinivalko)を手がけ、Arabiaにおける機能主義的なテーブルウェアの先駆的な例を示しました。これらは、後のKaj Franck(カイ・フランク)によるKiltaシリーズ誕生のヒントとなりました。

      Kurt Ekholmは陶芸家としてもストーンウェア作品を発表し、1930年代半ばには展覧会で高い評価を受けました。一方で、1937年頃からはアートディレクターとしての管理業務や、自ら整備を進めた芸術部門の運営に比重が移り、次第に作家としての制作よりも、組織づくりと展示活動に力を注ぐようになります。1945年にはKaj FranckをArabiaに招き入れ、戦後のArabiaにおけるテーブルウェアデザイン刷新の流れをつくりました。

      また、北欧諸国で数々の展覧会を企画し、Arabiaの芸術部門に所属する作家の作品をはじめとしたフィンランドの美術工芸品やデザインを紹介しました。これらの活動は、北欧諸国との交流を図り、連帯して国際的な評価へつなげる重要な足がかりとなりました。

      1948年にArabiaの工場内で開館した博物館も、Kurt Ekholmの主導によるもので、工場の歴史、作品や製品、作家の活動を保存・公開するこの取り組みもまた、Kurt EkholmがArabiaに残した大きな功績のひとつです。

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